深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　走るたびに、柔らかな素材の猫耳がぱたぱたと揺れる。詠坂紫蓮の仮装は、かわいい猫少女のものだ。

ある程度以上の年齢の層には凝った仮装よりもこちらのほうが受けがよいらしい。紫蓮が走ると道路脇からぱらぱらと拍手が起こった。紫蓮は小さく笑んで走り続ける。仮装もマラソンも自信があるわけではないが、島を挙げてのイベントだ。せっかくなので参加しようと言うのが彼女の気持ちだった。
　バリエーション豊かな仮装ランナーたちを眺めながら、紫蓮はだんだん楽しくなってきた。思えばまじめな彼女が、こんな夜遅く外にいるのはとても珍しいことなのだ。
（ちょっとわくわくするかも。こんなことめったにないものね）
それにしても、暑い。それが彼女にとって最大の問題だった。
「ふぅ……夜中とはいえ、フードかぶって走るとさすがに暑い……」
初夏の寝子島の気温はそこそこ高い。頭をすっぽりと覆われた紫蓮の顔や首筋はじんわりと汗ばみ始めていた。しかしこれを脱げば失格だ。紫蓮はクエスト会場が見えてくるまで、ひたすら耐えて走り続けた。
　海浜公園のクエストは、ずいぶんと人がまばらだった。どうやら運頼みなことと見た目が地味な点がその理由らしい。
「ランナーさんですね。はい、さっそくどうぞ！」
三つの伏せたカップが示される。紫蓮はまじめにこのクエストを受けることにした。走るのも早いわけではなく、猫耳フードはインパクトとしては若干弱い。クエストをすべて受けて完走するのが彼女のプランだ。
「完全に運か……じゃあ、これ！　当たりますように！」
当てずっぽうで一番左を選ぶ。係員がにっかりと笑ってすべてのカップを取り除けると、ミニサンマさんフィギュアが入っているのは真ん中のカップだった。
「う～。じゃあもう一回！」

　後木真央の走りは実に順調だった。陸上部所属の彼女の体は走り込みによって作られている。部活の練習で毎日三キロ～五キロ、登下校には大好きなおネコさまを求めて町中を走り回っているほどの体力の持ち主だ。真央はマラソンで上位に食い込みつつ、仮装もアピール。さらにすべてのクエストをこなすという得点総取りコースを狙っていた。今彼女はクエスト一のチェックポイントでカップを睨んでいる。
「むむう……できれば一発抜けしたいのだ……」
目を凝らしても中身は見えない。この中のどれか一つに、当たりのミニサンマさんフィギュアが入っているのだ。当たれば即通過。外れれば再挑戦が二回まで可能だが、そのたびにカップは増えていく。ギブアップすれば当然得点はゼロだ。
「真ん中なのだ！」
指差すカップが開かれる。中身は空だ。
「むむむぅ～！　もう一回お願いなのだ！」
　残念ながら、真央はこのクエストを二度失敗し、二十分のタイムロスを食らう形となった。
「急がないとピンチなのだー！」
胸に抱かれた熊役の『がおー』も心なしか渋い顔。真央は一生懸命がおーのご機嫌をとりながら走り出す。