深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　六月下旬某日。夏を間近に迎えた寝子島には、一足早い熱気が渦巻いていた。暑気とは異なるその熱源は、寝子島スタジアムにある。間もなく深夜零時。時計が新たな一日の到来を告げるその時に備えて、この場所には多数の人々が集まっていた。スタジアムをお祭り会場のように彩る屋台。トラックの上にはウォーミングアップを行うランナーたちもいる。しかしどこか彼らは普通のランナーとは違っていた。一目でわかるその違いとは……

　仮装、仮装、仮装した人々の群れ。トラックに集まる走者たちは、一人残らず何らかの仮装に身を包んでいたのである。ワイルド、セクシー、トラディショナルにサイバー、ファンタジー。色とりどりのランナーを見て楽しもうと、深夜にも関わらずランナーの数をはるかに上回る人数の観客が詰め掛けていた。人々の様子はスタジアムの後方に設置された大型スクリーンに映し出される。トラック中央のスタッフにも仮装している者が何人か見られた。

　トラック外周には、さまざまな出店や仮設ブースが並び、観客たちを楽しませていた。伝統的なお祭り屋台や仮設テントが並ぶ中、トラック型の派手な出店が目をひく。初夏ながら車両は黄色とオレンジのデコレーションに彩られ、『マジカルハロウィーン』のロゴが光る看板も鮮やかだ。
　にこやかに店番を務めているのは檜扇唱華。旅鴉家の有能なメイドである。今日は主人である旅鴉月詠のデザインしたこの臨時店舗で働くのだ。イベントに便乗して一応修道女の仮装をしてはいるのだが、地味なコスチュームのせいか気づく人は少ないようだ。

「さあ、おいしいスイーツはいかがですか？　常に焼きたて、出来たてですわ」
唱華は慣れた手つきで窯から焼き上がったパイを取り出し並べていく。暖かい香気がスタジアムにいる人々の鼻をくすぐった。店先にはショーケースに納められたカボチャのパイ、甘くておいしいカラフルな棒つきキャンディ、熱気をほどよく冷ましてくれるさわやかなレモネードが用意されている。

「魔法のスイーツショップ、マジカルハロウィーンでーす！　マラソン観戦、応援のお供に、甘いモノはいかがですかー？」
　スタジアムを回り、バニーガール姿で宣伝をしているのは唱華の妹、檜扇舞華だ。これからランナーとしても出場予定の彼女、足元はしっかりとランニングシューズで走りに備えている。バニーのコスチュームも見えないところにずれ止めテープを仕込んで、しっかり落ち対策済みだ。セクシーで可愛らしいコスチュームではあるが、宣伝用に持っている看板は巨大な斧の形をしている。ハロウィンらしいホラー要素、と言ったところだろうか。

「ママー！　あれ、オバケ！」
「オバケのお菓子やさん！」
　特別に夜の外出を許された父兄同伴の子供たちがまとわりつくのは、カボチャ頭にサンタ風帽子と手袋の風変わりなキャラクターだ。『マジカルハロウィーン』出店チームの一員にして主催、『ジャック・ド・サンタさん』である。

その実態は旅鴉月詠なのだが、それが本日関係者以外に明かされることは決してない。キャラクターになりきって行動する月詠は、声もボイスチェンジャーでキンキンに変える徹底振りである。『ジャック・ド・サンタさん』は舞華とは別の位置で店の宣伝をしていた。試食のお菓子を台車に載せて、
「選手諸君！　スポーツの前に糖分補給はいかがカナ？　応援やスタッフのミンナもドウゾ！」
と甲高い声で触れ回っている。色鮮やかでファンタジックなお菓子と愉快なキャラクターに惹かれて、女性や子供を中心にわらわらと人が集まり始めていた。

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