深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

「みゆきちゃーん！　とってもステキよ。がんばってね！」
「あ、恵美さん！　はい、行ってきます！」
　伊藤恵美が手を振るのは、北原みゆき。娘の友人である。文字通り親子ほど年が離れているわけだが、恵美の姿はとても一女の母には見えなかった。そう、今宵の彼女は三次元界に飛び出してきたバーチャルアイドル・MAIKOなのである。

きらきらとした光沢を放つ大胆なミドリフ丈の赤いジャケット、同色のタイトミニスカート。ジャケットの開いた襟元とスカートのスリットからのぞく肌は健康的なお色気をアピールしている。二次元のキャラクターに合わせてデザインされた衣装は、着こなすのがなかなか難しいはずなのだが、恵美は見事に着こなしていた。彼女の『正体』（そして年齢）を知れば驚く者が続出することだろう。
「うん。みゆきちゃんの衣装、ばっちりね」
恵美は微笑んだ。コスプレが趣味の彼女、みゆきの騎士衣装にもずいぶんとアドバイスをしている。衣装にふさわしく、凛とたたずむみゆきを見て、恵美は製作のノウハウだけでなく、コスプレに対する自分の思いもまた正しく伝わったことを喜んでいた。
『どんな衣装も、それを輝かせるのは着こなすあなた自身よ。自分の作ったものに自信を持ってね』

　時は少しさかのぼる。ここに二人の少年がいた。骨削瓢と御剣刀である。一見共通点のないような二人だが、今回は通じるところが一つあった。それはマラソンで一位完走を狙っているということである。ただし、世の中のすべてを喜劇のピースとして見る瓢と、まじめに競技に挑む刀ではアプローチの仕方がずいぶんと違っていた。
「はいはい、みんながんばりましょうなぁ。お気に召すかはわかりませんが、よかったら飲んで景気をつけておくんなさい」
瓢はにこにことスポーツドリンクのボトルを配る。配って回る相手は陸上部や速度自慢の者が中心だ。
「刀はんもおひとつどうです？」
「ああ、悪いな。ありがとう」
素直に受け取る刀を見て、瓢は心の中でほくそ笑んだ。
（あっしはすばしっこさにゃ自信があるが、マラソンではアスリートに勝てる気はしない。ろっこんで身体強化できる連中にも分が悪いねぇ）

パジャマのような囚人服姿の瓢は、脱走者という設定だ。彼独特のひょうひょうとした雰囲気によくマッチしており、仮装らしくないといえばらしくない。巧みに場に溶け込んだ瓢は、愛想よくドリンクを配っていった。
（正攻法で一位は難しい……ならば少々、小細工をさせてもらおうかねぇ）
ドリンクに仕込まれた『小細工』は、時限式だ。無味無臭の下剤入りドリンクを飲んだ選手たちに、どんな変化が訪れるのか。考えただけで笑いが止まらない。瓢は苦しむ彼らを追い抜いて、完走してしまえばいいだけなのだ。
「そっちの大迫力の海賊団の皆さんもどうですかねぇ？」
策略に燃える囚人・瓢はへらへらと笑いながら、ひときわ目立つ海賊軍団の輪に入っていった。