奇店綺譚｜リアクション

奇店綺譚

そうは言っても人間やはり空腹には勝てない。
腹が減っては戦は出来ぬということわざに従って、３人はまず腹ごしらえをすることにしたのだった。
３人は集合したホテル併設のレストランのテーブルに着いていた。
ここは一介の高校生が足を踏み入れるには敷居の高いレストランではあるが、実家が資産家でいわゆるお金持ちのお嬢様であるブリジットと舞はさすが堂々としたものだ。
そもそも舞などはこのホテルの最上階を自室に学校へ通っているくらいである。
少々腰が引けているのはすばるだけだった。
「もっと堂々としなさいよ、すばる。こんなところなんてこと無いじゃない」
「いや、ブリジットさん、こんなところって」
「仕方ないわよブリジット。私達のように慣れている方が珍しいのよ」
緊張してきょろきょろと周りを見回すすばるを咎めるブリジットをたしなめて舞が言った。
「でも胸を張っていた方が格好良く見えますよ、新井さん」
「えっ、そ、そうかな」
「ねぇ？　ブリジット」
「なんで私に訊くのよ！」
舞に言われてすばるはぐっと背筋を伸ばす。
「どうかな、ブリジットさん」
「……まあ隣にいても恥ずかしくはないんじゃない」
「『とっても格好良い』ですってよ」
「そんなこと言ってないでしょ！」
「ほんとに？　ありがとう！」
「喜ぶな！」
そんな会話をしているうちに注文した料理が運ばれてきた。
舞とブリジットはやはり手慣れた様子で、すばるは多少ぎこちなく、カトラリーを用いて食事を始めた。
「それにしてもその『喫茶店』の噂、本当なのかな」
「私はあったら良いなと思いますわ」
「そんな変なお店、もしあってもあっという間に潰れるわよ」
すばるは水のグラスに手を伸ばしながら少し考え込む。
「少し調べてみようかな」
そう言うと、すばるは携帯を取り出した。
「ちょっと、行儀が悪いわよ、すばる」
それを見咎めてブリジットが注意する。
「あ、ごめん……おっと！」
注意され携帯をポケットにしまおうとしたすばるの腕が、食卓に置いてあった彼自身のカトラリーに触れて床へ落としてしまった。
板張りの床に落ちたフォークが甲高い音を立てる。
「落ち着きなさいよ。まだ緊張してるの？」
「ごめんごめん。よっ」
すばるは屈んで床に手を伸ばし、落としたフォークを拾う。
「ちょっと！　まさかそれ使うつもりじゃないでしょうね」
「え？　大丈夫だよ、３秒以内だったし」
それを聞いたブリジットは信じられないといった表情ですばるを見る。
「あのねぇ……このぐらいの格のレストランなら自分で拾わなくてもウェイターが交換してくれるし、そもそもあなたは良くても床に落ちた食器で食べてる様を見せられる私達の気分が良くないの。マナーっていうのは守りたい人だけが守れば良いってものじゃないのよ」
「あ、う、うん。そこまで考えてなかったよ、ごめんブリジットさん」
すばるは頭を掻いて謝った。
「分かれば良し。さっさと食べちゃいましょ」
「うふふ」
一連のやり取りを見ていた舞が突然笑い出した。
左手で口をおさえながら、ブリジットとすばるを交互に見て心底可笑しそうにしている。
「舞？」
ブリジットとすばるは怪訝そうな視線を舞に送る。
「うふふ……す、すみません急に笑ったりして。でも、ブリジットがまるで弟を叱るお姉さんみたいだったから、可笑しくて」
「はぁ？　馬鹿なこと言ってないで舞も早く食べるのよ」
「はいはい、ブリジットお姉様」
そう応えて舞はフォークを手に取った。

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