みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

　チラシを手にした椿美咲紀は、それはもう張り切っていた。
　寝子高新聞の記者として、また、二次創作界隈にて物語を紡ぐのに勤しむ身として、
「このイベント、見逃せませんよ！　小説集を出すとなれば、私だって物書きのはしくれ、参加しなきゃ！」
　と、美咲紀は黒の双眸を煌めかせ、拳をぐっと握らずにはいられないのだ！

「でも……何を書こう？」
　寝子島を舞台とした物語……と考えて、じきに、美咲紀はピン！　と閃いた。
「そうだ！　九夜山でのお花見を題材にしましょう！　私小説ってやつなのですよ！」
　気合十分、美咲紀は早速、執筆の準備に取り掛かるのだった。
　それから、暫くのあと。
　パソコンの前に座った美咲紀の手元には、『春のフラワーイベント』を訪れた時の写真や取材メモが沢山。
　国語辞書（美咲紀曰く、物を書く時これは必須なのです！）や類語辞書も、行儀よく脇に積まれている。
　それから、ポットいっぱいのカモミールティーも用意して、さあ、準備は万端。
（ええっと、何から書き始めようかな？）
　と、美咲紀は手ずから撮影した写真を、１枚１枚、順番に眺めていく。
　九夜山での出来事がふわりふわりと頭に浮かんで、美咲紀の頬を緩めさせた。
「素敵なチューリップだったのです。ポピーも見れたし。……あ、そうです！」
　先ずは、瑞々しい花達の一番綺麗な時を、思いつくままにざっと描いてみよう。
　――フリンジ咲きのチューリップは、春色のドレスに、繊細なレースを合わせたよう。
　――ユリ咲きのものはまた違った趣です。華やかで、それでいて優雅でもあって。
　――色とりどりのアイスランドポピーの愛らしさも、私の心を明るく染めます。
　表現に困った時は、再び写真を眺めてにこにこしつつ。
　美咲紀は、心の赴くままに、文章で、大好きな花達の輪郭を描いていく。
　そのかんばせにも、笑顔の花を咲かせながら。そして、
「ふむふむ。イメージとしては大体こんな感じですかね。あ、でもここは……」
　夢中になればなるほど、独り言を零す回数が増えるのも仕方がないこと。
　美咲紀は、彼女にとっては楽しいことである執筆の世界へと、深く深く潜って行った。

　時は、４月の終わり。
　私は友人と共に、九夜山へと向かいました。
　お目当ては、『春のフラワーイベント』です。
　花が大好きな私の心は、風に揺れる色とりどりのチューリップを前に、くるくると踊りました。
　フリンジ咲きのチューリップは、春色のドレスに、繊細なレースを合わせたよう。
　ユリ咲きのものは、また違った趣を醸しています。華やかで、それでいて優雅でもあって。
　一重咲きのチューリップの馴染みのある姿も、勿論美しく、煌めいて見えます。
　様々な色を纏ったアイスランドポピーの愛らしさも、私の心を明るく染め上げました。
　春の日差しは暖かく穏やかで、吹き渡る風の心地良さは、胸に清々しさを運びます。
　寝子島の自然の妙が、一度に、柔らかく押し寄せて、私の心を安らがせました。
　目に映る景色の全てが、あまりにも鮮やかで――。

　パソコンを覗きに来た愛猫達を、美咲紀はそっと撫でた。
　手のひらに触れる温もりが、美咲紀の胸をあたたかく癒す。
　小説はこまめに保存してあるので、猫達の可愛い悪戯を、そこまで気にする必要もない。
「とりあえず、ざっと一通りは書けましたかね？」
　ならば、と、美咲紀は再び、パソコンの画面とどこまでも真摯に向かい合った。
　書き終えた、で満足はしない。
　次は、重複表現や違和感のある部分を削る作業だ。
　内容のブラッシュアップ。妥協は、そこには欠片もない。
「花の様子――花弁の形や色も、もっと丹念に描写しようかな？」
　そう思いついた時には、美咲紀はもう、彼女だけの世界の中だ。
　読者の脳裏に、あの日の九夜山の情景が鮮明に浮かぶような文章を書きたい、と思う。
　――寝子島の良さを伝えたい。
　――読んだ人達の心に染み入るような、そんな描写を。
　強い願いを胸に、美咲紀は文字を魔法使いのように操り、物語を描き出していった。