みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

　――寝子島のどこかに、猫の世界への入口があるんだって。
　女の子達がそんなふうな噂話で盛り上がっているその足元を、ちび猫が駆けていった。
　その目指す先は――女の子達が話していた、猫の世界。

※

「やあ、今日はどうしたのかな？」
　図書館を訪れたちび猫へと、黒猫の司書は柔らかく声を投げた。
　にこりと、その目元に笑みが乗る。
　黒猫が纏う優しい雰囲気に、ちび猫は、少しほっとしたようだった。
「あの、あの、僕、ここで借りた本を逃がしてしまって……」
「成る程、それは大変だったね。ええと、君が借りていた本は、確か……」
　猫の手で魔法で動く端末を操作して――黒猫は「ああ」と苦笑する。
「あの本はねぇ、うん、じゃじゃ馬なんだよ。安心して。僕が、きっと見つけ出すから」
　お願いします！　とちび猫が頭を下げた。
　そう、猫の世界の本は、偶にこうして、その気儘さで猫達を困らせるのだ。
　猫の世界の本には、意思がある。
　言葉は喋れないけれど、飛んだり踊ったり、好奇心の赴くままにどこかへ出かけてしまったり。
「でも、その……どうやって、あの本を見つけるんですか？」
「ああ、それはね」
　黒猫の司書は、取り出した愛用の万年筆で、空中に特別な文字を描いた。
　文字が、青白く、夜空の星のように煌めく。
　ちび猫がくるりと目を丸くする前で、黒猫は悪戯っぽく笑った。
「これはね、司書だけが使える《整理整頓》魔法なんだ。見ておいで」
　すぐに皆、元の場所に戻ってくるから、と黒猫が言う。
　辺りで遊び回っていた本達が、くるくると宙を舞って――。

※

「無事で良かった。だけど本はね、自分達を乱暴に扱う猫達にしか、こんな真似はしないんだよ」
「ご、ごめんなさいぃ……」
　本の世界に閉じ込められていたトラ猫は、すっかり反省しているようだった。
　震える肩にそっと手を置いてやって、黒猫は頭上に広がる闇色の空へと声を張る。
「ほら、ご覧。この子はもう、君達に酷いことはしないよ。さあ、僕達を図書館へ帰しておくれ」
　途端――どろどろと濁っていた空に、一筋の光が射した。
　光は、段々とその眩さを増していく。
　晴れ空の澄んだ青が、あっという間に世界を覆った。
「ありがとう。戻ったら、すぐに君を直してあげるからね」

※

「おや。僕がいない間に、かくれんぼ大会が始まってしまったのかな？」
　参ったな、と、黒猫は顎に手を宛がった。
「《整理整頓》魔法は、一日に一回しか使えないからね。これは、大変な仕事になりそうだ」

　図書委員の仕事をしていて手が空いた時や、休み時間に図書室を訪れた時。
　綾辻綾花は、こつこつと小説の執筆に当たっていた。
　案出しも、寮にいる時だけでなく、登下校中に猫と触れ合いながらも、頑張っている。
　そして今日は、早川珪先生に、司書の仕事を見学させてもらう予定だ。
「珪先生、今日はよろしくお願いします。参考にさせていただきますね」
「こちらこそ、よろしくね。それにしても、うん、司書が出てくる話だものね……」
　自分の仕事に興味を持ってもらえるというのは嬉しいものだね、と、早川先生が照れたように笑う。
（司書が出てくる話、というか、主人公の黒猫は珪先生のイメージなんだけど……）
　と、メモとペンを手に、綾花は胸の内だけにこっそりと呟いた。
「この前読ませてもらった、魔法を使うシーンも良かったなぁ。こう、万年筆を魔法の杖みたいに……」
　小説は読む専門、今回が初めての執筆になる綾花。
　伝わりやすい文章を書きたいと、これまでにも何度か、言い回し等を早川先生にチェックしてもらっている。
　早川先生は、その折読んだ箇所を気に入ってくれているようだったが、
（黒猫が万年筆で魔法を使うのも、やっぱり、珪先生がモデルだからで……）
　というのは、朗らかに音を紡ぐ早川先生にはやっぱり秘密だ。
（珪先生の癖とか仕草も、主人公の黒猫に取り入れたいな）
　そんなことを思いながらも、綾花は真面目に、早川先生の仕事を見学する。
　早川先生の仕事姿をずっと見ていられることを、嬉しく感じながら。
　分からないことがあれば質問もしつつ、綾花は早川先生と穏やかな時間を過ごした。
「あの、ところで珪先生はお話書かれないんですか？」
　合間で、綾花はそんな問いも零した。
　早川先生はふわりと微笑んで、「実は、今書いているところなんだ」と。

「ぜひ読んでみたいです」「うん。また、本になった時にでも」
　小説集の完成が益々楽しみだと、綾花は期待に胸を膨らませた。

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