みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

　本条小萩は、桜花寮の自室で唸っていた。
「ぬー、やっぱり小萩は完璧すぎるのが問題だと思うんです」
　小萩の手には、つい今まで執筆に当たっていた小説、原稿用紙の束が握られている。
　けれど、それは書きかけ、未完のままで終わっていた。
「完璧すぎるせいで、逆にフツウの人が描けないんですよね……」
　ぱらぱらと原稿用紙を捲りながら、小萩はため息を零した。
　話が、途中で行き詰ってしまったのだ。
「登場人物がみんな完璧超人ばっかりになっちゃって……そう、小萩が完璧すぎるせいで！」
　あ、「完璧すぎる」って３回言った。それはともかく、これは世に言う――、
「スランプです！　なんということでしょう！」
　世のクリエイター達を底のない闇へと誘う恐ろしい魔物が、今、小萩の元にも舞い降りる！
　けれど間もなく、「そうです！」と小萩は青の双眸に煌めきを乗せた。
「小萩は謙虚で熱心ですから、ちゃんと解決策だって思いついちゃいました！」
　たぶん本当に謙虚な人間は自分を「謙虚」って評さないと思うのだが、それはまあ、置いておいて。
　小萩はさくっと出掛ける準備を整えると、意気揚々と部屋を出た。
「夕方のコンビニ屋さんなら、いろんなフツウの人たちが来るはずです」
　今日はコンビニエンスストアのイートインコーナーで人間観察をしようと、小萩は足取りを軽くする。
　きっと、新しい物語が生まれるはずだ。

　健二は、高校からの帰り道、コンビニエンスストアへと凛として足を踏み入れました。
　唇を、絶対零度の溜息が震わせます。
　今日一日の疲れは、夜闇よりも深く暗い淀みとなって、健二に圧し掛かっていました。
　切れ長の、見た者全てを漏れなく魅了する妖艶な眼差しが、レジ横のドーナツへと向けられます。
　健二は、その甘美な味わいを夢想しました。
　その甘やかさは、健二に幸福を齎し、心身を蝕む疲労を幻の如くに霧散させるでしょう。
「全く、腹が減っては戦はできないってやつだぜ」
　肩に掛けていたバッグから、健二は漆黒のウォレットをスッと取り出しました。
　レジに並び、店員へと天使のそれのように伸びやかな声を差し出します。
「オールドファッションと、目が覚めるほど濃い珈琲を一杯」
　畏まりました、と、店員は、恭しく頭を垂れました。

※

「くそっ、まさか奴の手が、ここまで迫っていたとはな。危機一髪ってところか」
　くっと口の端を上げる健二の傍らでは、真珠を思わせる少女が、捨てられた子犬のように震えています。
「わ、私を、絶体絶命のピンチから神話の英雄の如き勇猛果敢さで救ってくださった、貴方は一体……？」
「何、名乗るほどの者じゃないさ」
　健二は、少女へと星の輝きが散るウインクを与えました。
　少女の頬が、朝の庭園に咲き誇る夜露に濡れた薔薇のような色に染まります。
　鈍感なところのある健二はそれには気付かずに、少女へと声を投げました。
「それより、君の名前は……って、尋ねている場合じゃないみたいだな」
　邪悪で禍々しい敵が、オオウ、とすぐ近くで吠えています。
　身の毛のよだつような、おぞましさを極めたような獣の鳴き声でした。
「あれは……あれは、人間ではないのですか？」
「人間さ。いや、正確にはさっきまでは人間だったナニカ、だな。今はもう、異能に呑まれちまった」
　少女にここから動かないようにと言い含めて、健二は敵の元へと颯爽として向かいます。
　ぶわん、と、健二の掌に眩く神々しい光の塊が生まれました。
「お前は、俺が倒し、浄化する。俺は、この力に喰われるような真似はしないぜ」

※

　傷付き倒れた生きとし生ける者達の目を覆いたくなるような怪我が、癒えていきます。
　枯れた草木は元の鮮やかな色を取り戻し、世界は虹色の輝きに満ちていきました。
「あ、あれは……！」
　健二が震える声を絞り出し、周りの人間達も、崇めるようにして空を見上げます。
　そこには――女神の美貌さえ霞むような絶世の美少女の麗しい姿がありました。
　嗚呼、と、人々は感じ入るような息を漏らします。
「魔法少女ko-ha-gy、降臨です！　この地上の嘆き、悲しみ、怒り……全て、私が溶かしてあげましょう！」
　何もかもが、魔法少女ko-ha-gyの宣託の通りになりました。
　こうして、争いは終焉し、世界にはまごうことなき平和が訪れたのです。

　ペンを置いて、小萩は冷めてしまった飲み物を喉に流し切る。

「小萩の超絶クリエイトパワーは今日も絶好調です！」
　胸の内を「傑作を書き切った！」という達成感でいっぱいにして、小萩は機嫌良く席を立った。

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