みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

「……あんた、誰？」
　絞り出した声の固さに、栄人は自分で驚いた。
　精々力強い、凛とした声を出そうとしたつもりだったのだ。
　しかし、突如目の前に現れた男が、あまりに人間離れしていたから。
　だから、栄人の意思に反して、天敵を前に臆した兎のような声が喉を震わせてしまった。
「君こそ、何者だい？」
　魔法のように美しい銀の髪を揺らして、男が言う。
　その声は朗々として、森中に響いた。
「私は、もう随分と長いことこの場所に暮らしているつもりだけれど、君に会うのは初めてだよね？」

※

「成る程、そうか、君はトカイというところから来たんだね」
「はぁ……」
　間の抜けた声が、栄人の口から零れた。
　目の前の男――自分は《天狐》という妖怪だと名乗った――は、にこにことして栄人を見ている。
「というか、ここが田舎すぎるだけかもだけど」
「イナカ？　栄人、ここはそんな名前の場所じゃないよ。私はね、この辺りには詳しいんだ」
　得意げに、歌うように天狐が言う。
（……疲れます）
　栄人は、密かにため息を零した。
　まるで、子供の相手をしているみたいだ。
（妖怪、なんて、本当でしょうか。いや、そんなものいるわけない……はず、なんですが）
　けれど、天狐は確かに、周りの誰とも違う不思議な雰囲気を纏っていた。
（……まあ、どっちでも一緒でしょうか）
　天狐が本当に人ならざる者でも、ただちょっと――いや、かなり変わった、ただの人間だとしても。
（私には、関わりのないことですから。どうせ、この人とだって、今日限りの縁です）
　おや、と、天狐が首をこてんと傾ける。
「駄目だよ、栄人、そういう目をしては」
「……そういう目？」
「そういう、暗い目はいけない。そんな、何もかも諦めたような目をしていては、幸せが逃げていってしまう」
　君より何百年も長生きしている私が言うんだから間違いないよ、と、天狐は穏やかに笑った。

※

「今気付いたのだけど、私は君の笑顔を見たことがないね」
　寂しいなあ、と、天狐がいつもの歌うような声で言う。
　その声音と飄々とした笑顔からは、その本音は窺えない。
「別に……その、笑う必要がないだけで」
「必要ない？　絶対に必要だよ、栄人には。人生ってさ、いっぱい笑った方が、楽しいと思うんだよね」
　天狐は、真面目な顔になって、うんうんと頷いている。
　その横顔が、本人的には真剣らしい言い様が、何だか可笑しかった。
「人生って。天狐は、『人』じゃないのに。偉い妖怪なんじゃなかったっけ？」
「……おや？」
　天狐が、くるりと目を丸くする。
　それで、栄人は、ようやっと気付いた。
「あ……」
　自分は、今、笑ったのだと。ほんの少しだけれど、確かに。
「初めて見たけれど、栄人、君はやっぱり笑った方がいい。その方がずっといいよ」

　書いては消して、消しては書いて。
　永遠に続くように思われるその繰り返しの合間に、津島直治は細く息を吐いた。
（うーん、やっぱりこっちのほうがしっくりくるでしょうか……）
　急に書きたい！　という気持ちが湧き出して、小説を書き始めてみた直治。
　そこまではいいものの、自分の思う通りの文章を紡ぐというのは、中々に難しかった。
　上手く書ける気がしない、もうやめてしまおうかな、と思ったことも、何度もある。けれど。
（……なんとか書き上げたい、です。書き上げてみたい）
　ちょっと休憩をしよう、と、大きく伸びをする。
　気付けば姿勢は、猫背気味になっていた。
　姿勢を正して、頭の中に、主人公の少年や、長い時を生きる妖怪を動かしてみる。
　動かしながら、直治は、ふと考えた。