みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

「ここは……一体、どこ？」
　呟いて、何名守穏（かなもりおん）は、瞳をぱちぱちと瞬かせた。
　どこって、ここは寝子島だ。それ以外に考えられない。
　知っているはずの風景、街を行く人々の賑わい……。
　どれも、身に馴染んだもののはずだ。
　それなのに、違和感は、かさかさと穏の胸を撫でた。
「あら？　《あっち側》からお客さん？」
　声に、振り返る。
　こちらを真っ直ぐに見つめるのは、穏と同じくらいの年頃の女の子だ。
　穏と同じ寝子高の制服を身に纏っているその女の子は、小さく首を傾けて、笑った。
「あいって呼んで。あんた、やっぱり新入りよね。ついてきて」

※

「……錬子社（ねこやしろ）？」
　穏が繰り返せば、「そう」とあいが満足げに頷く。
　そうしてあいは、自身と同じ目の色をした偉丈夫へと眼差しを投げた。
「ほら、等凪（ひとな）お兄ちゃん。説明してあげて」
「……そういうのは、お前の方が得意だろう」
「何言ってるのよ！　久々の《あっち側》からのお客さんなのよ！？」
　錬子社の主として、今ここで役目を果たさなくてどうするのよ！　とあいが喚く。

※

「わあ、猫さんだ……！」
　自分の声が、ぱあと華やぐのを自分で感じた。
　金銀のふわふわ猫、その銀色の方が、猫の目に冷めたような色を乗せる。
『……そんなにきらきらした目をしないでもらえるかな』
『もう、そんな言い方しなくても……』
『けど、こういう目をする相手は――』
　銀色猫が言い終える前に、穏は、そのふわふわした身体を抱き上げていた。
　銀色の毛並みは、うっとりするような柔らかさだ。
　この小さな身体のどこに、この幸せの色をした温もりが詰まっているのだろう？
　と、ふと気付けば、素敵にもふもふとした尻尾は、だらんと垂れている。
　それがローテンションの証だということは、猫好きの穏にはしかと見て取れた。
「わ、その、ごめんなさい。抱っこ、嫌だった……？」
『……別に。やっぱり、って思ってるだけだよ』
　――君みたいな目をする人間は、決まって僕達に構いたがるんだ。
　銀色猫がふう、と息を吐き、金色猫がくすくすと音を漏らす。
『ああ、それより君、事件だよ』
「事件？」
『そう。《あっち側》の人間なら、解決には適役だと思う』
　２匹の猫の尻尾が、揃ってピンと立った。

※

　――不思議なことは、魅力的？
　――普通は、退屈？
　――そう思うのなら、気を付けた方がいい。
　――君にとっての普通の大切さを、忘れないで。
　――不思議に惹かれすぎるのは、とても危険なことだから。
　猫達の言葉の意味を、今になって、穏はぐるぐると考えた。
（私は、向き合わないといけない。私自身の在り方と。私には、帰る場所があるから）
　そう、穏は帰らなくてはいけない。
　あの愛くるしい猫達とも、等凪やあいとも、いつか、永遠の別れが訪れる。
（――私にとっての普通を、慈しみ続けたいと願うなら）

　小さめのノートパソコンと、恵御納夏朝は睨めっこを続けていた。
「うーん……色々盛りすぎかなぁ……」
　主人公と金銀猫が触れ合うシーンは、特に力を入れて書いた箇所でお気に入りだ。けれど、
（全体的には纏まりよくない、ような……）
　考えれば考えるほど、深みに填まってしまいそうになる。
　寝子島に暮らす、平凡で大人しい寝子高生の少女。
　彼女がちょっと不思議なもう一つの寝子島に迷い込んで……という物語には、夏朝の想いがこもっている。
（僕が寝子島で得た経験、思った事。不思議な事も、普通の大切さも……未来への希望も混ぜ込んで……）
　拙くても皆に読んでもらえたらと、夏朝はそう願うのだ。
（……そうだ、珈琲を入れようかな）
　砂糖とミルクを溶かした、甘くて、優しい色をしたのがいい。
　一旦気持ちを落ちつけて、もう一度、この物語と向き合ってみようと思った。
「……よし、ちょっと調整掛けてみよう」