みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

「あー、今日の授業もかったるかったね」
　凝り固まった肩をうんと伸ばしながら、友達の一人が言う。
　だよね、と、私は苦笑いを零した。別の子が、疲れた顔で口を開く。
「特に数学はしんどい。参るよ、マジで」
「うん、ほんとに。あの先生、何であんなにのんびり喋るんだろう？」
「数学さ、小テストもきっついよね。ほんと参る」
　私が首を傾げる横で、肩のストレッチに勤しんでいた「かったるい」発言の子が、渋い声を出した。
　もうひとりが、神妙な面持ちになって頷く。
「こういう時は、寄り道に限るね、やっぱ。商店街行こうよ」
「あ、賛成！　お金ないから、見るだけだけど」
　寄り道、と聞いて、私は明るい声を出した。
　友達と一緒に商店街を歩くのは、冷やかしでもすごく楽しいんだ。

※

　友達と別れたあと、私はいつものように寝子島神社へ向かった。
　お参りの手順も、昨日と変わらない。多分、明日も。その先も。
　気付けば、一匹の猫がこちらを見つめていた。
　私もじぃと、魔法めいた猫の瞳を見つめ返す。空は、黄昏の色に溶け始めていた。

※

「数学のテスト、どうだった？」
「無理。あんなの、絶対無理だって」
「意地の悪い問題が多かったよね」
　皆の輪に混ざって、私も口を尖らせた。別の子が言う。
「大体さ、あのキンキン声じゃ、大事なところも全然頭に入ってこないよ」

※

　前を行く子の小袖の裾を、私はじっと見つめながら歩いていた。
「――あ」
　誰かが音を漏らしたのを合図にしたように、皆が一斉に立ち止まる。
　私は、慌てて顔を上げて――けれど、その位置からでは何も見えなかった。
　どうやら、小間物屋の傍に猫がいたらしい。
　皆がきゃらきゃらと楽しそうに囀るのに、私はどう混ざればいいのかわからなかった。

※

　瞼を開ける。朝だ。寝子島の、いつも通りの朝。
（さて、今日はどこに行こうかな）
　口元が、自然と緩む。小さく微笑んで、私は、空を見上げた。

　ほう、と浅葱あやめの唇を細い息が揺らした。
　劇団で脚本を書くことはあるが、小説に挑戦するのは、あやめにとって初めてのことだ。
（……いや、脚本もあまり採用されないし……自信があるわけでは……ないけれど）
　一応は書き終えたそれに、軽く目を通す。
　――ここでは主役以外はストップモーションで、彼女と世界の時間のずれを表現したい。
　――ラストは、微笑む主役が観客へ振り向くと同時に照明カットアウト、音響カットインかな。
　なんて、ついつい、自分が書き上げた小説を脚本として見てしまうあやめである。
　物語の主人公は、生きているフリをするのが趣味の幽霊だ。
　死んだのは数百年昔だけれど、趣味のための情報収集はきっちりするので、現代にちゃんと馴染んでいる。
　よく読めば、現代の姿を描いた部分も、毎日通っている学校、学年、クラスが違うのがわかる仕掛けだ。
　例えば、さらりと流しているけれど、１回目の登場と２回目の登場で、数学教師の特徴が違っている。
　お喋りだって、主人公の台詞を抜かしてしまっても、成立するようにした。

（……ちゃんと、小説として表現できている、かな……？）
　寝子島を舞台にするなら、少し不思議な話がいいとあやめは思った。
（普通とは違って、けれど優しくて、受け入れられるような）
　そういう話になっていたらいいと思う。そう、願う。
　頁を最後まで捲り終えて、あやめはまた最初から、自身の作品を読み直し始めた。