みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

「わあ、すごい！　まーくんと、まーくんのママにそっくり！」
　少女が描いた似顔絵を宝物のように手に取って、男の子がはしゃいだ声を出す。
　その隣では男の子のお母さんも、「良かったねぇ、嬉しいねぇ」とにこにこしていた。
「お姉ちゃん、また、ここに来る？　まーくん達の絵、描いてくれる？」

※

「はぁ……」
　少女の唇を、微かなため息が揺らした。
　急きょ決まった、アパートの取り壊し。
　新しい住まいは中々見つからず、少女の心も、落ち着きどころを失くしたように彷徨っている。

※

（どうして、思ったままを絵筆に乗せられないんだろう）
　描いても描いても、理想は遠くなっていくばかりだ。
　焦れば焦るほど、《正解》は逃げていく速度を上げていってしまう。
　傍らで「にゃあ」と鳴いた猫の頭を、少女は軽く撫でた。
「ごはんが欲しいの？　あなたは、気楽でいいわね。気楽で、気儘で……」

※

　涙が、ぽつと零れる。
　初めて、人を好きになった。そして、その恋を失った。
　この感情は、どこに、何に託せばいいのだろう？

※

（どうして、わかってくれないの？）
　胸を満たす感情に与えるべき名前を、少女は知らない。
　どうして、どうして、どうして。
　その言葉だけが、ぐるぐると頭を巡っていた。
　親子という間柄なのに、血の繋がりは、それだけでは心までは繋いでくれない。

※

　留学が決まり、寝子島を発つ日は、あっという間にやってきた。
　少女は、自分が島を去ることを、親しい人達には敢えて伝えなかった。
　思い出が詰まった場所から、一人でそっと離れることを、少女は選んだのだ。
　いつも通りの、シーサイドタウン駅。
　けれど、その《いつも》から、少女の姿は間もなく失われる。と、その時だ。
　――にゃあ。
　声がした。足元に駆け寄ってきたのは、ちゃっかり者のあの猫だ。
　少女はその場にしゃがみ込むと、猫の小さな身体をそっと抱き上げた。
「寂しいの？」
　問うが、猫は「にゃー」と鳴いただけ。
　もしかすると、「ごはんちょうだい」といつものようにせがんでるだけかもしれない。
　そんなふうに思ったけれど、猫は少しだけ少女に甘えると、
「あ……」
　不意に、少女の手を逃れるや、そっぽを向いて歩き出した。
　とことこと去っていくその後ろ姿は、「夢を叶えるまで、帰ってくるなよ」と少女に語りかけている。
　少なくとも、少女にはそんなふうに思われた。
　身を翻して改札を潜り、出発間際のねこでんへと乗り込む。
　少女は、猫の方を振り返ることはしなかった。

　書き上げた小説をざっと読み返して、三宅葉月はことりと首を傾けた。

「……淡々としすぎてるかしらね……？」
　葉月が小説を書くことを選んだのは、自分の表現者としての幅を広げる為だ。
　物語の主人公は、寝子島に一人で暮らす絵描き志望の少女。
　彼女は、時折家に迷い込むちゃっかり者の猫と共に、移ろいゆく四季のなかで、様々な経験をしていく――。
（おそらくは、拙い作品だろうけど……）
　それでも、色鉛筆で淡く描くスケッチのような、透明感が滲んでいればいいと願う。
　それに葉月は、主人公に自分自身を重ねて物語を書いた。
　そのことがどう出るのか多少不安ではあるが、これで行きたい、と思う。
「そうね、タイトルは――」
　色彩、と、葉月は小さく音を零した。
　絵筆をペンに持ち替えて描き出した１枚の絵のような物語に、今、名前が生まれる。

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