みんなの寝子島小説集！｜リアクション

みんなの寝子島小説集！

　悪戯心を胸にいっぱい、紗雪幽は子供のように無邪気に笑う。
「折角なら、みんなをビビらすような怖ーい小説書こーっと」
　コンセプトはばっちりだ。しかし暫くの後、
「……小説って難しいな……」
　そこには、ややグロッキーな面持ちでパソコンの画面を見つめる幽の姿が。
　画面に映し出されているのは、たったの数行。その内容は、
　――その時、彼がうしろを振り返るとなんと恐ろしい姿の女がいたのでした。
　といった具合だ。
　幽は、仄かに赤みがかった灰色の双眸を細くした。
　なんというか、絶妙に納得がいかない。
「……うーん……あんま怖くないな」
　そう、幽は、自分の書いた小説で、本を手に取った人間をゾクゾクッとさせたいのだ。
　夜中、小さな物音にびくっとなるほど怖がってくれてもいい……というところまで考えて、
「――そうだ！」
　と、幽は思いつきに眼差しを晴らした。
「掲示板のオカルト書き込みを参考にしてみたらいいんじゃね？」
　幽自身は怪談やオカルトを楽しめるタイプの人間だが、あれは中々に恐ろしい部類だろう。
　早速、ページを開く。書き込みを目で追いながら、
「うん、こういう書き込みみたいな文体なら俺でも書ける気がする！」
　なんて、幽は瞳を悪戯っぽく煌めかせた。
　試しに先ほどの文章を一行、書き直してみる。
　――俺がなになに？　って振り返ると、そこにはもう見た事無いようなやべえ女がいたんです。
「……的な感じ？　うん、これなら書けそう！」
　実際体験した事みたいなリアリティが出てるといいけど、と思いながら、幽は執筆にのめり込んだ。

　これは、俺が実際に体験した話なんすけど。
　寝子ヶ浜海岸、ってあるじゃないっすか。
　ほら、夏はメッチャ人がいて、パラソルとかもいっぱい立ってて、カラフルで？
　俺は島外から来たからまだ見たことないけど、そういうふうに聞いてたんすよね。
　でも、いわゆるシーズン外？　だからか、この時期は、結構静かな雰囲気で。
　そう、友達と近くを通りかかったから寄ってみて、この季節はこんな感じかーって。
　一通り馬鹿やって、ちょっと濡れたりもして、気付いたら夕暮れで。
　そろそろ帰るか、ってなったんすけど、帰る途中で、俺、忘れ物に気付いたんすよ。
　うわ、絶対海岸だ、って思って、友達に謝って途中で別れて、そりゃもう、猛ダッシュ。
　夜の海が怖い、的なキャラじゃないんだけど、忘れ物、見つかんなくなるじゃないすか。
　実際、もう、だいぶ暗くなってたんすよね。
　海岸に着く頃には案の定日が暮れてて、これ忘れ物見つかるかなーって。
　だって、辺り一面真っ暗なんすよ。
　月明かりだけが頼りっていうか、ほとんど何も見えないの、マジで。
　うわ、早く帰りたいなって、思うじゃん？

※

　で、気付いたら、海の向こうを眺めるみたいにして女の人が立ってるんすよ。
　は？　ってなるじゃないすか。この人さっきまでいた？　って。
　でもまあ、辺りは馬鹿みたいに暗いし？　俺、ずっと忘れ物探してたし？
　あ、俺、気付かなかったんだな、って思って、忘れ物探し続行しようとしたんすよ。
　だけど、出来なかったんすよね。
　その女が、海の方見てるから顔とかは見えないんだけど、なんかぶつぶつ言ってて。
　小さい声だから細かいところまでは聞き取れないけど、言ってることがやばいんだよね。
　許さない、とか、道連れにしてやる、とか、マジいっちゃってる感じなの、ほんと。
　うわ、これ関わったら駄目なやつだな、って思ったところで、俺、気付いちゃって。
　俺、何で女が、海の方見て立ってるってわかったんだ？　って。
　だって、いつまで経っても忘れ物が見つからないくらい、真っ暗なのに。
　顔上げて、女の方見たんだけど、さっきのとこにはいなくなってんの。
　でもずっと声は聞こえてる、っていうか近づいてきてて。
　あ、これ、やばいやつかな？　って思ったんだけど、その時、後ろの方から名前呼ばれたんだよね。
　お、友達戻ってきたかも。ナイスタイミングじゃん？　ってなって。
　俺がなになに？　って振り返ると、そこにはもう見た事無いようなやべえ女が――。

　一気にそこまで書き終えて、幽は「うーん」と首を捻った。
「ラストは呪い殺される感じにしよっかなと思ってたけど……」
　自分をモデルにしたら、主人公を殺したくなくなってしまった幽である。
　少し考えて、幽はキーボードにたたたんっと指を走らせる。
　――俺は持っていた御札でそいつを撃退しました。あー、寺生まれで良かった。

「よし。ラストはこんな感じ♪」
　物語に自分なりの結末を与えて、幽は満足げににっと白い歯を零した。

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