平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

「はいはいちょっとごめんよ！」
人力運搬組の一人、奈良橋博美が乱入してくる。山ほど手にした本をシートの上にばさりと置いたかと思うと、本のほこりを払い始めた。
「ちょっ、やめ……ふが、ば、バ、バックション！」
桁外れの巨大なくしゃみが握利平を襲う。思わず取り落としそうになったおにぎりを、慌てて空中でつかんだ。そして何かに撃たれたかのように、目をかっと見開いた。
「バックション……だと!?　俺は……俺は、天才だったのか！」
「ど、どうしたの!?」
「曝書と聞いてバックションというくしゃみが意思の介在なくして出てくる！　こんなことができるのは俺の、いや、俺の血筋の者をおいて他にない……！」
置いてきぼりの女子たちにかまわず利平は続ける。
「爺ちゃんから受け継いだ駄洒落遺伝子は、ついにくしゃみまでも操作しやがったぜ。こりゃ、皆爆笑間違いなし……ハッ!?　爆笑!?　ば・く・しょ・うだと!?」
曝書、バックション、そして爆笑。三つが連なる高度な駄洒落チェインに、聴衆の反応も待たずに利平自身が崩れ落ちる。
「え、……え!?」
おにぎりを持ったまま大きなくしゃみをしたと思えば、突然暑い屋上に伏せる利平の奇行に、勅使河原悠はおろおろとする。博美は悠と恵御納夏朝の肩を抱いて、利平から視線を背けさせた。
「ほっとけほっとけ、じき落ち着くだろ。それより、本の並べ方はどうしたらいい？」
「あ、あの、私たちが並べるので、そこは大丈夫……です」
「わかったぜ。俺たちは図書委員の指示がなきゃ動けないからな」
「そんなことないよ。運んでもらって、とっても助かってる」
「そっか。じゃあ俺は次を運んでくるからな。熱中症とか、気をつけて作業するんだぞ！」
元気で空気も読める、気の利く少女、博美なのであった。
「ククク……そうか、そうなのか。俺の遺伝子め、恐ろしいぜ」
一方こちらは空気の読めない狷介孤高のダジャレアーティスト、利平。その興奮はいまだ止む様子はない。
「潜在意識と生理現象までも制した俺のダジャレストとしての資質は、いずれ国までも動かすに違いない！　……てことで、俺も手伝うわ」
今までのテンションはどこへやら、けろりとした顔で利平は言った。博美は壮大にコケる。
「こっちがまじめに作業してるってーのに……崖から簀巻き網なしバンジーとかさせたら落ち着くか!?」
「悪ぃ悪ぃ。屋上は人手も足りてそうだな。修理もあるんだろ？　俺は図書館手伝いに行ってくるわ」
利平はあっという間におにぎりを食べ終えると、弁当袋を持って階段を降りていく。さっきおにぎりにほこりがついていたとか、さんざん文句を言っていたのに……とは、とても突っ込めなかった。
「ふう……付き合いきれねーぜ。二人とも騒がしてごめんな」
階下に戻りかけた博美の視界に、気になる本のタイトルが写る。
（『とりかへばや物語』かぁ……こういうの見ちまうと、ちょっと複雑なんだよなぁ）
本に興味を持っていることを知られると、なんだかちょっと恥ずかしい。博美はぷいと視線をそらして、階段を足早に下りていった。