平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

「うわー！　かるーい！　おんもしろーい！」
　――マキマキしているのは野々ののこだった。夢中で滑車のハンドルを回している。
「うん、野々は筋がいい。早い、すごいぞ。その調子だ」
滑車装置の発明者、八神修にほめられて、ののこはますます機嫌よくハンドルを回す。
（やれやれ、まるで子供だな。だが屁理屈を言うやつよりは扱いやすい）
体力の有り余っている連中の人力運搬も加わって、曝書は思った以上の成果を上げているのだった。
「八神さん。お疲れさまです。何かお手伝いはできますか？」
そこに現れたのは森蓮だった。
「ああ、森か。ありがたいけど、気遣いは無用だ」
「そうでしたか。疲れていらっしゃるのではないかと思って」
蓮は少しだけ修の体力が心配で、一度様子を見に来たかった。意外と元気そうなのを見て安心する。
「問題ない。この装置があればさほど労力はいらないんだ。見ろ、野々のような女生徒でも難なく回せる」
「そのようですね。ののこさん、とても楽しそうです」
「ああ。放っておいたら夜まで回してるんじゃないか？」

　誰も気づかぬ屋上給水塔の陰で、後木真央が寝転がっていた。曝書こと、『本のお昼寝』のために奮闘した彼女、今度は自分がお昼寝モードに入ってしまっている。体の下には、一枚拝借した真央ちゃん専用ブルーシート。周りには独断と偏見、そして猫愛で選んだスペシャルセレクションが並べられている。運ばれていく本を盗み見て、真央は自分の興味がある本だけ抜き出して来ていたのだった。
「干し干ししてから、きちんと返せば問題ないのだー★」
猫の生態、猫写真集、ネコ科の研究所、猫が主人公の寓話集……実にバリエーション豊かである。唯一の私物にして宝物『世界の猫図鑑』のお気に入りのページを開き、お腹の上に乗せる。
「周り中おネコさまの本なのだ。これでおネコさまの夢が見られるのだ！」
塔が日差しをさえぎってくれるせいで、体感温度はほどよい加減。風が涼しくって、暖められた背はほんわか気持ちがよくて。
「太陽が動いてあっちくなったら起きるから……サボりじゃないのだ……」
真央は自分を慕うおネコさまたちに囲まれて、甘い夢世界のハニームーンへと旅立っていく。

　少々時間をさかのぼる。屋上にて、握利平は幸せそうに大きなおにぎりにかぶりついていた。
「いやー、んまい！　天気もいいし、こんな時は屋上でおにぎり！　最高だな」
背後では少し前までがたがたという音がしていたが、利平はまったく気にしていなかった。一つをぺろりと平らげると、二つ目のおにぎりに手を伸ばし、ぺりぺりと楽しそうにアルミをはがして行く。二度目の幸福にありつこうとした時、妙な光景に気がついた。体育科の同学年の女生徒……後木、といっただろうか？　女生徒は体が隠れてしまうほどのブルーシートの山を抱えて屋上に上がってきたかと思うと、思い切りよくシートを振り、広げた。ばさあっという音と共に盛大にほこりが散る。
「うわっ！　ぺっぺ！　コルァ、ちょっと待てい！　俺のおにぎりがほこりまみれになるだろーが！」
「ん？　ごめんなのだー。でも、ほこりはちっちゃいから見えないし大丈夫なのだ？」
「大丈夫なわけねーだろ！」
そう言っている間に、がこん、がこんという音がした。見ればいつの間にか妙な装置ができていて、壁伝いに本が運ばれてくる。
「な、何じゃあありゃあ!?」
上ってきた本は女生徒がブルーシートの上に並べている。めったに見ない光景に利平は興味をひかれた。
「おーい。皆して本持って、何やってんだ？」
恵御納夏朝は声に振り向き答える。
「これ？　曝書っていうんだけど」
「本を、干して虫退治をしたり……風通しを、よく、してあげるんです……」
勅使河原悠が言葉を補う。
「本の修理もやってるよ」
「ふーん。バクショねぇ……」