平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

　大天使天吏は図書室から続くちょっとした騒動の列にも気づくことなく、ぼんやりと屋上で体を休めていた。普通の高校の屋上にはあるはずのないもの――鮮やかな色のビーチパラソルとサマーベッドが置かれている。そこに身を横たえていた。目の前に広がるのは痛いほどまぶしい青空、白いちぎれ雲、そして時々山へ、海へと飛び立つ野鳥の姿。
「いい天気……」
でも実は、少し暑い。大きなパラソルの下でさえも。それでも天吏はこの場所にいたかった。ひとりで空を眺めて、鳥たちに思いをはせていたかった。
少し前まで、天吏は用務員室にいた。餌も満足に取ることのできなかった、哀れなカラスに会いに行った。天吏の顔を覚えた幼鳥は彼女の姿を認めると、首をもたげて何かをねだるような仕草をしてきた。天吏には、それが少しうれしく、そして何より悲しかった。
（……ちぎりちゃん。あの子を、どうしたら元の姿にもどせるんだろう）
あの姿は野鳥のあるべき姿ではない。幼鳥『ちぎり』と出会ってから、天吏はずっと考え続けていた。どうしたら、元の姿に戻してやれるのかと。
（……あの子の水のたまり方。一定量の水分が失われると、自然と元の水量にまで水が補充される？　のかな？）
優雅にくつろいでいるように見えて、天吏の頭のなかではさまざまな推論がぐるぐると回っている。
（……水を拭くだけではその場しのぎにしかならない……）
背後からがやがや、がらがら、わいわいといった音が聞こえて来る。天吏の集中は乱され始めた。
（……今は長南さんが面倒を見てくれてる。まずは体力を回復させなくちゃ。でも……）
「おわっぷう！　ちょ、埃が！」
男子生徒の叫びに天吏の集中力は完全に途切れた。身を起こし、不審げな表情で声のする方を見やると、あちらはあちらで天吏の様子にあっけに取られているようだった。図書委員の勅使河原悠がおそるおそる、天吏の避暑テリトリーに至る。
「あ、あの……何してるん、ですか？」
「……なに？　私は、空を眺めてただけ」
「あ、そ、そう……？　でも、あのこれ……」
と、悠はパラソルを指差す。
「……これ？　ネット通販で買ったの。……日焼けするの、いやだし」
「そ、そう……なんですか……あの、向こうで、曝書をしてますから」
悠は本の並んだシートを示す。気をつけてほしいということだろうか。おもむろに天吏は立ち上がり、本を日陰と日向干しに分けて並べる恵御納夏朝に近づいた。
「あ。どうかしましたか？」
リボンで上級生と気づき、夏朝も自然と敬語になる。
「……夏だから。潮風に当てないように気をつけてね。南からの風は……本によくないわ」
「あ！　ありがとうございます……」
空と風をよく知る者からの、アドバイスをひとつ。天吏はまたパラソルの下に戻っていった。心はまた屋上を離れ、自由に飛ぶ鳥たちと、飛べない鳥のもとへ。