ちゃぶ台ファンタジー｜リアクション

ちゃぶ台ファンタジー

平日の寝子島高校
　四限目が終わり、昼休みを迎えた。教室は一斉に賑わう。
　早々と四人の女子が机を寄せた。大きなテーブルに仕上げて持参した弁当箱を開く。
　御剣刀は羨ましそうな目で見ていた。軽く溜息を吐いて立ち上がると速やかに教室を出ていった。
　――朝の剣術稽古が響いて弁当を作る時間がなかった。学食で済ますつもりだが、痛い出費だな。
　歩きながら無造作に頭を掻いた。
　北校舎一階のカフェテリアは学生で混雑していた。空いている席は少ない。刀はテラス席に目を向けた。
　――外は空いているな。
　ほっとした表情でメニューに目を移す。
　――日替わり定食は安いけど、腹持ちが良くないんだよな。そうなるとスタミナ丼になるのかな。少し値は張るが。
　ふと懐具合が気になり、制服のポケットから財布を取り出した。中を開いた瞬間、眉間に皺が寄った。
　――札が一枚もない。硬貨を合わせると……百円にもならないじゃないか！
　心の動揺を抑えるかのようにゆったりとした呼吸を繰り返す。表情が和らいだところで周囲に目を向けた。
　男子を中心に知り合いを探す。
　――誰もいないだと！？
「バカな」
　思わず、心の声が漏れた。刀は男子を諦めて女子にも注目した。回り込んで顔を確認したが、見知った人物はどこにもいなかった。
　刀は腹部を手で押さえた。その姿でよろける。
　――ウソだよな？　俺の昼飯がないなんて、そんなことあり得ないって。
　窓の向こうには生徒が歩いていた。刀は引き寄せられるように外へと出た。
「これは……」
　空腹で敏感になった鼻が匂いを捉えた。横手の噴水に顔を向けると手前に木製のちゃぶ台が置かれていた。上には大小の食器が乗っている。
　血走った目で刀は駆け寄った。
「どうして、こんなところに……」
　ちゃぶ台の上には料理が並んでいた。丸い大皿にはこんがりと揚げられた大振りのトンカツが切り身の状態で横たわる。お椀には味噌汁が並々と注がれていた。白い湯気を通して具材の豆腐やワカメが見える。
　刀は何度となく、生唾を呑み込んだ。目にした座布団にゆっくりと腰を下ろす。
「これ、食べてもいいのか？」
　疑問を口にしながらも箸を手に取った。
「いいよな？　いいんだよな。いただきます！」
　手を合わせると真っ先にご飯が盛られた茶碗を手にした。艶々とした頂を箸で摘まみ、口の中に押し込んだ。
　言葉にならない。笑顔で唸り、トンカツに挑む。箸で摘まんだ一切れを一口にした。
　上半身が歓喜に震えた。膨らんだ頬で肉を噛み締める。窄めた唇から肉汁が染み出す。押し返すようにご飯を掻っ込んだ。
　喉に詰まったのか。慌てて茶碗を置くと味噌汁を啜った。
「美味い、美味すぎる！」
　ようやく言葉になった。しかし、食べる手は止まらない。トンカツを全て平らげ、茶碗には一粒のご飯も残さない。最後にお椀の味噌汁を啜って名残惜しそうにちゃぶ台に戻した。
　やや頭を下げて悲しげな表情となった。
　――もう少し、食べていたかった。親子丼とか。白菜の漬物もいいな。先程のご飯で鮭の塩焼きが食べたい。できれば納豆と生卵も欲しいな。
　自嘲気味に嗤う。
「そんなこと、あるじゃないか！」
　頭に思い浮かべた品々が新たに加わった。刀は笑顔で目を見開いた。再び、手を合わせる。
「二度目のいただきます！」
　猛烈な勢いで食べ始めた。美味いという言葉を連発した。潤む両目が感激の度合いを仄めかす。
　間もなくして全ての食器が空になった。少し惚けたような顔で眺める。
　余韻を味わったところで刀は三度、手を合わせた。
「ごちそうさまでした！」
　締めの言葉を口にした。
　――理屈はわからないが本当に美味かった。神魂の影響ってヤツなのかもしれないが、感謝しかない。
　手を合わせたまま、刀は顔を上げた。
「ありがとうございました！」
　心からの声を青空に放った。

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