ちゃぶ台ファンタジー｜リアクション

ちゃぶ台ファンタジー

　昼休みを迎えた。北里雅樹は賑やかな教室に背を向けた。そっと廊下に出ると気だるげに歩き出す。
　階段のところで足を止めた。下を見て力なく笑った。
　――今の俺に昼食代は厳しいな。
　雅樹は屋上へと続く階段を上がる。
　目の前のドアを開けると風に包まれた。目を細くして青い空の下に踏み出す。
　誰もいなかった。左右を見ながら柵へと歩き、上体を預けた。制服の胸ポケットに入れていた折り畳まれた紙を取り出す。片手で器用に開いて模試の結果と向き合った。
　――理系は悪くない。それだけに文系科目が見劣りする。どうにしかしないと。
　対応策を考えていると腹が鳴った。続けて二回、現状に不満を漏らしているようだった。
「こればかりは、どうしようも……ん？」
　腹に笑い掛けた瞬間、目が真横に引き寄せられた。ちゃぶ台が置いてある。当然のように料理が並んでいた。
　鉄板の皿には程良い焼き加減の牛肉が盛られていた。弾けるような音が耳をくすぐる。絡めた和風ソースの匂いが立ち上り、深呼吸を促した。
「さっきまで、無かったよな？」
　置かれた座布団に目がいく。雅樹は呆れたように笑うと腹を決めたように座った。
　――これは焼肉定食なのだろう。ざっと見て千円以上の価値はある。
　誰が用意した物かは知らないが、ここまでしてくれたんだ。することは一つしかない。
「いただきます」
　ご飯が盛られた丼を手にした。箸を使って肉を摘まみ、白い頂きの上に乗せる。ご飯と一緒に口の中に掻っ込む。
　――肉が柔らかい。奥歯で噛むと旨味が溢れてくる。
　ご飯も美味いな。香りが鼻の奥まで届く。絶妙な炊き加減だ。
　黙々と箸を動かす。焼き肉を半分まで食べたところで丼を置いた。
　代わりに味噌汁に手を伸ばす。油揚げとワカメが入っていた。刻んだ葱が程々に散らしてあった。
「俺好みだな」
　箸で中身を軽く掻き混ぜて汁を啜った。二度目は具と一緒に頂く。
「これも美味そうだ」
　目に付いた小鉢の中身を箸で摘まんだ。小さく切られた春野菜にキノコが塗された御浸しであった。
　――茹で方がいいな。キノコはコリコリとした食感が悪くない。
　口の中がさっぱりして、また焼き肉が食べたくなる。
　心の思いに従って焼き肉を食べる。合間に新鮮なサラダを挟んで喉を潤す。ご飯で余計な湿り気を無くしたところに肉を突っ込む。咀嚼をしながらキュウリの浅漬けを追加した。
　残りが少なくなってきた。最後の肉を口に入れた。今まで以上によく味わって飲み下す。
　最後に湯呑を掴む。程良い温度の緑茶を数回に分けて飲み干した。
「ふぅ～、最高の昼食だったな」
　上体を後ろに傾けて両手で支える。幸せそうな顔で空を眺めた。楕円形の雲が流れてきた。羊のようにも見える。
　――羊が一匹……ダメだ。眠くなる。
　軽く頭を振って立ち上がる。目頭を指で揉み解し、大きく息を吐いた。
「ちゃぶ台はどこだ？」
　どこにも見当たらない。座布団まで忽然と無くなっていた。念の為に屋上の全部を見て回ったが結果は同じであった。
「まあ、いいか」
　軽い口調でドアへと向かう。
　屋上から去る間際、後ろを振り返った。
「毎回、ちゃぶ台が出てくればいいんだがな」
　青い空に向かってささやかな願いを口にした。

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