ちゃぶ台ファンタジー｜リアクション

ちゃぶ台ファンタジー

　ホームルームが終わった。教室内は解放された喜びで賑やかとなる。
　透明は無言で席を立った。誰からも声を掛けられず、ふらりと廊下に出た。不貞腐れたような表情で歩いてゆく。
「なんで俺が」
　出そうになった不満を呑み込んだ。生徒玄関で靴に履き替えて校舎を足早に離れた。
　正門を抜けると自宅のある旧市街に向かう。やや速度が落ちた。重々しい様子で溜息を吐いた。
　道沿いにコンビニが見えてきた。引き離そうとした目が吸い寄せられる。軽く舌唇を噛んだ。上体を前に倒して早足となった。
　視界から消えると足は遅くなる。灰色の目は駄菓子屋を見つけた。道からも中が窺える。細々とした物が棚に詰め込まれていた。
「……飴くらいなら」
　弱気が口を衝いて出た。足は抗うかのように踏み止まり、最後は顔を背けて駆け出した。
　少し息が上がった。目に付いた空き缶を草むらに蹴り込んだ。左手がピンクの髪を掻き毟る。
　――昼食を抜いたせいだ。イライラが止まらない。
　明は近くにあるラーメン屋を一瞥した。口中に湧いた唾を飲み下す。
　――わかっているんだ。食べれば穏やかな状態に戻れることは。
　口を掌で覆った。少し上げて鼻も押さえた。その状態で足を速める。
　両腕をだらりと下げた。数分で自宅に到着する。自然と目が優しくなった。
　――空腹が最高のスパイスになるのなら、姉の非常識な味の料理を食べ切ることはできるだろう。
　どこか儚い笑みで細い道を入っていった。
「なんだ？」
　表情が険しくなる。前方の小さな橋にちゃぶ台が置かれていた。座布団まで敷いてあった。
　近づくに連れて目付きが悪くなる。
「誰の嫌がらせだ」
　抑えた声は怒りで僅かに震えていた。
　和風のちゃぶ台の上に洋風のカルボナーラが乗っていた。ホワイトソースがパスタに万遍なく絡んでいる。挽き立ての黒胡椒の香りを振り払うように手を振った。こんがりと焼かれた厚切りのベーコンに目が吸い寄せられる。
　口直しに最適な生ハムのサラダ。添えられたラディッシュの赤さに惹かれる。細長いガラスコップの縁にはレモンの切り身が乗せられていた。清涼感を前面に出したアイスレモンティーであった。
「確かに見た目はいいが、誰がこんなところで」
　文句を並べ立てたあと、明は座布団に胡坐を掻いた。置かれていたフォークを左手に持ち、慌てて仰け反った。
「……危ないって」
　改めて料理にじっくりと目を向ける。
　――このメニューは、先日、家族で食べに行った洋食屋と似ている。
　震える手でフォークをちゃぶ台に戻した。
「味も同じなのか」
　口にした途端、喉仏が大きく上下に動いた。怒りが全身を震わせる。
　明はちゃぶ台の両端を掴んだ。並んだ品々を睨み据えた。
　――どういうつもりか知らないが、俺の邪魔をする奴は許さない。その企みを粉々に打ち砕いてやる！

　両腕に力が漲る。一気に解き放たれることでちゃぶ台は宙を舞う。乗せられていたメニューは緩やかな回転で弾け飛び、次々に硬い路面の餌食となる。砕けた皿やコップは地に落ちて一切の魅力は失われた。

　明は呆然とした様子で座布団に座っていた。口の端に付いていた僅かなホワイトソースを舌で舐め取る。
「……美味しかった、じゃない！　なんで食べるんだよ！」
　ちゃぶ台を引っ繰り返す行為は、ただの妄想に終わった。現実では意識が飛んで貪り食った。皿は磨かれたように綺麗になっていた。
　――色々と終わった。ちゃぶ台に対する冒涜が天国のような天罰を招いたのだろうか。
　灰色の目で薄ら笑いを浮かべた。
「許してちゃぶ台……」
　寒々しい言葉を残し、明は虚ろな顔で自宅へと帰っていく。その足取りは重く、最大の試練に臨む者の姿となった。

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