数多のクリスマスツリーが聳え立つ、クリスマスの世界。
　雪降る夜空を見上げれば、そこには……、

「メリーーーッ、クリスマーーーーース！！」
　天使の如き翼を持ったイケメンが、花びらを散らしながら飛んでおりました。
　上機嫌も上機嫌なのは、アケーチ・タッマーキさんでございます。
　……あっ、ちょっとアケーチさん！　チャームポイントのお尻が！　ああっ！
　しかし、息が純白に染まるような寒さも人の目も、アケーチは全く気にしない。
「く、ふふ、ふふふふ……！　サンタクロースのお仕事、心を込めて務めさせていただきますよ！」
　さて、恍惚としているアケーチに気付いて、
「おや、あちらは随分とご機嫌ですね」
　なんて声を零したのは、この世界ではサンタクロースな薄野 五月だ。
　アルパカのぬいぐるみをぎゅうと抱き締めている五月の方も、蕩けんばかりの幸せ顔。
「まあ、気分が上向くのも止む無しですよね。ふっふ。私だって、この子の触り心地の前では……！」

「もふもふふわふわ……最高です……！」
　アルパカさんに頬ずりをして、その柔らかな毛並みに五月はうっとりとする。
　サンタクロースのお仕事には、今のところ出向く気配はナシの五月サンタ。
　けれど、思う存分アルパカさんと戯れてからそりに乗り込むのも、また一興だ。
　クリスマスの世界の夜は、まだまだ長いのだから。勿論、
「さあ！　溢れんばかりの私の愛を！　世界中の方々にお届けしましょう！」
　と、アケーチのようにやる気十分なのも……ああっ！　出発は！　サンタ服を着てからで何卒！


「さあ！　クリスマス特別ライブの始まりだよ♪」
　末明せれねという名前でアイドル活動をしている夢宮 瑠奈は、マイクを手に、得意の歌を披露する。
（だけど、この世界のあたしは誰？　夢宮瑠奈？　それとも、末明せれねなのかな？）
　そこのところはわからないけれど、歌声は、この世界にだって連れてきた。
　だから瑠奈は、幸多いクリスマスであれと、自身の声に願いを乗せられる。
「わ、素敵な歌だね」
　ふと足を止めたのは、サンタクロース姿の天之川 麗仁。
　プレゼント入りの大きな袋を持った麗仁、配達の準備で大忙し！　とあちこちを駆け回っていたのだが、
「なんていうか、心が温まるな。クリスマスの幸せをお裾分けしてもらった感じだ」
　と、その口元に穏やかな笑みを乗せた。
　麗仁に気付いた瑠奈が、そちらへ向かって手を伸ばす。
　その意を察して、麗仁はくるりと目を丸くした。
「え？　僕も？」
　瑠奈が頷く。少し考えて、麗仁は彼女の元へと歩み寄った。

「……届けたいな。僕も、誰かに幸せを」
　人の心を動かす力を持っているという点では、歌も、麗仁が嗜む演劇ときっと変わらない。
　拍手の音が聞こえたのは、誰もが知っているクリスマスソングを、２人が声を揃えて歌い終えた時。
「心に響くわね。とってもいい歌」
　おっとりふんわりと笑みの花を咲かせるのは、志筑 かりんだ。
　そんなかりんへと、麗仁も笑顔を向けた。
「ありがとうございます。佳いクリスマスを」
「うふふ、あなたも、佳いクリスマスを」
　２人がそんな会話を交わしている間も、
「ほら、まだまだ行くよ！　響け、このメロディ♪」
　なんて、瑠奈の歌うクリスマスソングは、星屑を散らすような眩さで辺りを華やがせる。
　すると、かりんの周りに集まっている猫達も、にゃーにゃーにゃんにゃん大合唱。

「あらまあ、賑やかなクリスマスね」
　私も頑張っちゃおうかしら？　なんて、かりんは口元に手を当てて柔らかく微笑んだ。
「頑張る？」
「ええ。幸い、ここにはいくらでも贈り物があるもの。迷子にならないようには、気を付けなくちゃだけど」
　ここはクリスマスの世界。
　心から願えば、きっと誰もが、素敵なサンタクロースになれるはず。


『クリスマスソングが聞こえますね』
　響いてくる歌声に耳を澄ませながら、浅山 小淋はスケッチブックにペンを走らせる。
　小淋が紙の上に紡いだ言葉を確かに見留めて、常闇 月はこくと頷いた。
「そうですね……いい歌です。この国の聖夜らしい、というのでしょうか」
　今も２人の耳に聞こえている歌は、明るく、弾むようで。
　小淋が歌につられるようにして口元を綻ばせるのに、月もごく仄かに目元を和らげた。
　巨大なギフトボックスの上に腰を下ろしたまま、小淋はまたスケッチブックに文字を踊らせる。
『ところで、ここでは、私達もサンタクロースなんですね』
「そのようですね。……贈り物を配る仕事も、やはり付随してくるのでしょうか」
『この袋達を見るに、そうなのかもしれません。でも、素敵なお仕事ですよね』
「素敵……ですか？」
『はい。上手くできるかはわかりませんが』
　優しい苦笑いを零す小淋へと、「なら」と月は静かに声を投げた。
「上手くいかない時があれば、私が、力を貸しましょう」

「夜闇に紛れて……今宵は、誰かの幸せの為に」
　そしてそれは、『ありがとうございます』と笑う小淋の為でもあるのだ。
『月さんと一緒なら、安心ですね』
「……期待に応えられるよう、善処します」
　そうして月は、小淋へとそっと手を差し伸べた。

　桐島 義弘先生の顔を見上げて、ぴかぴかの笑顔を零すのは宮祀 智瑜だ。
「義弘先生、メリークリスマスです！」
「メリークリスマス……としか言いようのない夢だな」
「と、いうわけで、今日は私から、義弘先生にクリスマスの贈り物です！」
　声を益々明るくして、桐島先生へと可愛らしいギフトボックスを差し出す智瑜。
　桐島先生の顔に、彼らしい、少し厳しいような色が乗った。
「宮祀。中身は何だ？」
「あ。その質問は、ちょっと不粋じゃないですか？」
「しかし夢とはいえ、教師と生徒として、場合によっては受け取るわけには……」
「義弘先生、私は今、生徒である前にサンタクロースですよ？」
　くるり、智瑜はその場で回転してみせる。
　サンタクロースの赤い衣装、そのワンピースの裾が、風を含んでふわりと膨らんだ。
「ね？　どこから見ても、正真正銘サンタクロースじゃないですか？」
「う、うむ……」
「じゃあ、私がプレゼントを贈るのも義弘先生が受け取るのも、ちっともおかしくないはずです！」
　智瑜の主張を耳に、ぐるぐると考え込む桐島先生。
「だが、私は教師で……いやしかし、宮祀は今サンタクロースだから……？」

（……義弘先生、受け取ってくれるかな？）
　どきどきそわそわとしながら、智瑜は桐島先生の返事を待った。
　桐島先生が後ろ手に持っている物には、智瑜ははまだ気付かない。


「さて、どこもかしこもクリスマスって感じだな」
　およそ『やる気』というものとは縁がなく聞こえるような声音で、北里 雅樹は零す。
「このサンタ服ってのも、意外とあったかいもんだな。眠くなる」
「寝るって言っても止めないけど、落ちても知らないわよ」
「それは困るな。それなりに痛いだろうし」
　腐れ縁の椎井 莉鳥の愛想に乏しい言葉に、「寝るのはやめとくか」と雅樹は頷く。
　欠伸を噛み殺しながら、ふわりと雪を散らす夜空を見上げる雅樹。
　そんな彼の方をちらと見たあとで、莉鳥も静かにそれに倣った。
　クリスマスソングが聞こえる。
　視線を落とせば、文字通り山のようになっているギフトボックス達。
　中には一体、何が詰まっているのだろうか？
（……本当に、どこもかしこもクリスマスね）
　先の雅樹の言葉を、莉鳥は胸の内に繰り返した。
　そうしてふと、「雅樹」と彼の名前を呼ぶ。
　莉鳥の方へと顔を向けた雅樹が、目だけで「何だ？」と問うた。
「別に、大したことじゃないんだけど」

「メリークリスマス、って。一応」
　一応って何だよ、と雅樹が微かに笑う。
「一応は一応よ。この世界に免じて、ってこと」
　感情を覗かせない声音で言って、莉鳥はこの話をお終いにしようとした。けれど。
「じゃあ、こっちも一応。メリークリスマス、椎井」
　雅樹は、話を閉じようという莉鳥の意に気付いているだろうに、わざと軽く口元を緩めてみせて。
　そんな距離感の、２人のクリスマス。

　――メリークリスマス！　それぞれの聖夜に、数限りない祝福がありますよう！