平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

「自分は、修繕のほうを」
杖をついて前に進み出たのは二年生の氷雨潤一だ。涼やかなまなざしが印象的で、高校生とは思えない大人びた雰囲気をまとっている。
「氷雨君、ぜひお願いするよ。修繕はこちらの机で行うから、かけて待っていてね」
早川珪先生に促され、皆に軽く一礼すると氷雨は案内された席に腰掛けた。机の上には針や太目の糸、カッターに糊、和紙、修繕テープなど、本の補修に必要な道具が一式そろえられている。
「俺も修繕やりたいです。以前祖母宅でやったことがあるんで」
三崎楚良が潤一の次に立候補した。準備のよいことに、制服の上にすでに黒無地のエプロンをつけている。どうやら最初から修繕を手伝うつもりで来ていたらしい。
「それは頼もしいね。初心者がいたら、教えてあげてほしいな。さて、これで全員かな？　他にお願いできる人はいるかい？」
早川先生は最後の確認をする。

　離れた席からの挙手が見える。本を手にいかめしい顔をしたままの弓弦原譲が意思表示をしていた。
「俺もやろう。こう騒がしくては読書に集中できん。修繕なら手伝ってやる」
「あぁ、すまないね。みんなでとっととやっちまえばうるさいのも今日限りさ」
答えたのは後ろで総監督のように控える桜崎巴。
「割り当てが決まったところで、作業を始めよう。僕はあくまで監督だったね。まずは修繕班に簡単な修繕法を教えようか」
と先生。
「後はあたしが現場指揮をする。任せといてくださいよ」
そう言う巴の顔には、何やら企んでいるような笑みが浮かんでいる。
「曝書の様子は私が作業をしながら見守ります。何かありましたらすぐに連絡しますので」
と申し出たのは森蓮だ。

　生徒たちがそれぞれの作業に取り掛かり始めたころ、後木真央がひょこりと顔をのぞかせた。現場を仕切る巴に気づく。
「む！　巴ちゃんなのだ！　いったい何してるのだ？」
「おう、真央か。曝書の準備中ってところさね」
「んー？　バクショ？　わからないのだ」
首を傾げる真央に、巴は言い聞かせるように説明する。
「本をだな」
「うん！」
「日に干したり、破けたところを繕ってやったりして」
「うんうん？」
「長く使えるように世話してやるんだよ」
理解したところで真央は楽しそうに声を上げる。
「わかったのだー！　面白そうなのだ、真央ちゃんもお手伝いするのだ！」
体育科の健康的ハイテンションで、真央もたちまち曝書チームに参加する。屋上に本を並べるためにまずはシートを敷く必要があると知るや、かさばるブルーシートと新聞紙を一人でまとめて持ち上げ始めた。
「おいおい、大丈夫か!?」
同じクラスの奈良橋博美が一瞬よろけた真央をとっさに支える。真央は腕を引っ張られて何とか立ち直った。
「へーきへーき、陸上部をなめんなし！　場所取りはお得意なのだ、任せとくのだー！」
ああ、室内の『おしずかに！』の張り紙が空しい。シートと新聞紙に足が生えた形になった真央は、みんなはあとでゆっくり来るといいのだあ、という声を残して階段を上っていった。

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