平穏なれ、曝書の季節｜リアクション

平穏なれ、曝書の季節

「ふむ。私は曝書に行く」
「旅鴉くんはそっちでいいのかい？」
かなり小柄な旅鴉月詠がそう申し出た時には、生徒の自主性を尊重するつもりの早川珪先生も思わず聞き返した。月詠は芸術科所属で、荒事や力仕事に向いているようには見えない。
「私は見た目以上に健脚です。同級生にでも聞いてもらえればわかるかと」
月詠はしれっと返答する。実のところ、彼女はろっこん『絵空事』を使う算段をもって曝書班を希望しているのだが、先生には理解できないだろう。なので足腰に自信があるという説明で押しきろうとする。スケッチのためのフィールドワークに鍛えられて足が強いのは事実だった。
「俺も曝書に加わろう」
頭はいいが体力はないことで知られる八神修が名乗り出た時には、先生が何かを言う前に、横の方からエエエエエエエという奇声が上がった。声の主は伊賀解理である。
「……伊賀。言いたいことがあったら日本語で頼む」
修の暴走トリガーとなりうる、ポケットの伊達眼鏡に手が伸びかける。まずいと気づいた解理はすぐに話をそらした。
「いや！　八神氏のことだ、なにか考えがあってのことだろう？　今のうちに説明してもらえないか」
「説明など必要ない。見ればわかるようにしてやろう」
そう言うと早川先生の方に向き直った。
「先生。これほど大量の本を人力で運ぶのは非効率に過ぎます。俺は疲労を最小限に抑え、作業効率を上昇させるための準備をしますので、いったん退出させていただきます」
と一息に語り、先生の許可を得るや図書室を後にした。去り際に一言解理に告げる。
「伊賀、協力を頼む。後で連絡する」
「おいコラ。ああ行っちまった……邪魔するなら承知しないよって言っときな」
苦々しげな桜崎巴に、解理はなだめるように言った。
「大丈夫ですよ、桜崎氏。八神氏を信じて待ちましょう」
「なんだか、いい話？　になったね……。本が楽に運べるならいいと思うよ」
と恵御納夏朝も賛成する。もっとも、彼女は自分だけなら本を軽く運べる方法に心当たりがあるのだったが。

「重くったって、肉体労働に慣れてる奴がやりゃいいんだよ。俺も曝書の方にいくぜ！」
元気のよい声は体育科の奈良橋博美だ。言動を見れば、その小さな体にあふれんばかりの活力が潜んでいることが伺える。
「学級委員じゃなかったら、図書委員をやろうと思ってたぐらいだからな。手伝いぐらいさせてもらうよ」
と、なんとも頼もしい。
「私も曝書をお手伝いさせていただきたいと思います」
皆が言い終えるのを待って、はっきりした声で申し出たのは坊主頭の森蓮だ。野々ののこが問いたげに蓮を見上げる。
「日の下で、本を元気にしてあげるんです。ののこさんも参加されませんか？」
「うん！　私も屋上に行きまーす！」
蓮の誘いに、ののこは元気にうなずき、手を挙げた。
「あっ、あ、あの……わた、私も……曝書を手伝います……」
最後の最後に、ようやっとの思いで挙手したのは勅使河原悠だった。皆の前で発言するのが恥ずかしくて、顔を真っ赤にして消え入りそうに縮こまっている。
「運ぶのは、自信なっ、ないですけど……並べるのとかだったら……」
「そうだね、屋上に運ばれた本を並べる人も必要だ。勅使河原さん、頼むよ」
悠ははいっ、と小さくかすれた声で返事をし、頭を下げた。

このページにイラストを設定する