螺旋階段の家｜リアクション

螺旋階段の家

「後は、あの奥の扉で最後かな？」
　歩みを進める中では、やはり新田樹を見つけることは出来ず。桜庭円と紗雪幽は探索を続け、屋敷の二階、左に折れた最奥にある一つの扉を遠くから視界に捉えた。

　円が一歩足を出すが、今まで並んで歩いてきたはずの幽は動きを止めた。
「ん？」
「あー。あのでっかい扉、すごく嫌な予感がするなって」

　それは、予感というよりも、ずっと幼い頃から霊障と共に過ごしてきた幽の直感であり、同時に明確な体感でもあった。
　今まで味わってきた心霊現象に伴っていた空気が、一斉に凝り固まっているかのような気配──

　幽は立ち止まって思案する。
　あそこに、戯れで足を踏み入れるにはデメリットが大きすぎる。少なくとも、笑って霊体験の一環とするには、伝わって来る雰囲気があまりにもどす黒い。
　それは、本気で専門のお坊さんを呼ばなければならないレベルであり、こちらは危険をおかしてまで、その原因に興味があるわけではない。

「大丈夫？」
　円にも伝わって来た。あの扉の向こうには、今回の一件の主がいるのだ、と。

「あー、すんません。ちょっと笑えなさげなんでここで帰りまーす」
「あーうん、だよねぇ」
　主がいるなら、何とかしたい。それは数多の超常現象や怪異に遭遇しているからこそ出てくる発想だ。円はその体験の数々に、己で僅かに頭を抱えながらも頷いた。

「そちらは入るんすか？」
「うん。ここが目的の場所みたいだから」
「健闘を祈ってますねー」

　そうして、今日一日一緒に行動したことの感謝を述べて、幽は円を見送った。
　扉は、鍵が掛かっていたのだろう。もうこの状況下で生きている住人がいるとは考えにくい。
　なのに、それが自然に開く音と、円の肩越しに僅かに覗いた濁った泥のように黒いドアの先に、幽は思わず小さく「うわー」と呟いた。

　円の姿が完全にドアの向こうへ飲み込まれ、扉が閉まる。
　その時、ふとポケットに入れていた、自分の寺の御札の事を思い出した。
「あ、この御札渡しておけばよかったかな。
　……まあ効くかわからないし、いいか」

　今から間に合っても、あの扉を自分から開ける気になれず、そもそも効かなければ本末転倒どころの騒ぎではない。
　幽は、その御札を財布にしまって、元来た道を戻り始めた。

　今日一日動き回ったので、お腹もすいた。コンビニに寄って何か食べながら、今日増えた恐怖体験のまとめでも確認しようかと考えて──
　……しまったはずの御札が、ふわりと財布からすり抜けるかのように床に落ちたことには気付くことなく。

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　慎重に慎重を期して、マリエッタ・ラシュリエは螺旋階段を上がっていく。
　絶対に上り途中で何か起こりそうな気がする、と手すりに触れていた指が僅かに震えていたが、これが拍子抜けなまでに、あっさり二階へと上りきってしまった。
　猫の鳴き声が、また聞こえる──今度は左の方から。

　ゆっくり、そちらに向かい歩き始める。
　そこで、マリエッタには、くたびれた絨毯の上にふわりと落ちている一枚の紙が目に入った
「……御札……？」
　マリエッタは、不思議そうに、それでも不穏な気配は一切しない御札をそっと拾い上げた。

　今まで誰とも出会っていないが、どこかで落とし主に会えるかも知れない。そう思いながら、左の通路の奥──ずっとここから猫の声が聞こえていたのであろう扉の前に辿り着く。
　
　辿り着き、ドアノブに手を掛けるか躊躇った瞬間、カチャンと鍵の開く音がした。
　マリエッタはその音に誘われるように、そっとドアを開ける。

　……中には、今日始めて遭遇する人々が。
　目にしたことの無い怪異とで、一触即発の状況となっていることも知らないまま……