＜月華＞冥晶宮襲撃　―迸るほどの想いの果てに―｜リアクション

＜月華＞冥晶宮襲撃　―迸るほどの想いの果てに―

破：破られた均衡

「大丈夫ですか？」
　塔ヶ崎璃亜はそう、負傷した近衛兵に言い傷の具合を確認しながら後退する。そして防護壁まで戻るとすぐさま治癒の力を発動させた。
　寝子島の住人達は神魂騒動などで場数を踏んだ者が多いのだろう、負傷者は出ていない。だが、月華世界の近衛兵たちの中には負傷者が出始めていた。
　呼吸を整え、祈るように手をかざす。と、柔らかな光が毀れ傷を塞いでいく。傍らでは仙藤紫もまた傷ついた近衛兵へ治癒の力を注いでいた。
　２人のお陰で兵士は助かり、前線へと戻っていく。それを見届けた璃亜は、再び前線へと歩き出した。
「行くの？」
「はい。負傷者を回収してきますね」
　璃亜は「気をつけて」という紫の言葉に頷き、駆け出す。その華奢な体を見送りながらも紫はちらり、と冥晶宮を見た。
（今のところ、突破はみられないけれども……）
　何故だろう、胸騒ぎを覚え落ち着かない紫なのであった。

　静かに目を閉じ、周りの気配や音を探っていた御剣刀が瞳を開いた。戦局は遠く、今の所は華夜のいる場所へ通じるこの回廊に、敵は来ていない。
「華夜さんは、今もこの奥で祈りを捧げているんだよね」
　恵御納夏朝が静かにそう言って扉を見つめる。綴から話を聞いたその場所は、嘗て数名の寝子島住人と青龍族の女王が捕らえられた場所であるらしい。
「今の所、異常はなさそうでござるな」
　周囲をみていた夏神零がため息混じりにそういい、辺りの気配を探る。伏せた近衛兵たちが極力気配を隠しているのを感じとった彼は、刀と夏朝と共に戦場へと目を向けた。
「いつこっちに来るか解らない。警戒しておかないといけないな……」
　刀の言葉に零と夏朝も頷き、周囲の警戒に戻った。
　だが、刀は嫌な予感を拭いきれないままであった。
（向こうは本気だな。手段もそれなりの物を用意していると考えられる。軍団に襲撃を任せて、忍び込むって事が可能だとは思わないが、念のためにここで警戒を続けよう。無駄になるなら、それでよかった、と思うし）
　刀はふぅ、とため息をついて僅かに瞳を閉ざし、神経を研ぎ澄ませた。
　敵が侵入するであろうルートには炎の負術結界の応用トラップが零の手によって仕掛けられている。敵が触れたり、近づけば炎が発動する筈だ。

　戦場は混戦状態であった。骨削瓢がろっこん『悋気の独楽』で巻き起こした竜巻が魔物を吹き飛ばし、打ちもらした分は尾鎌蛇那伊が第二の竜巻と化したような勢いで次々に撃退していく。
「四面楚歌とか上等じゃない？　貴方たち程度じゃ、どんなに数を揃えても意味がないのよ！」
　教えてあげる、とばかりに腕を振るえば鹿型の魔物が吹き飛んだ。そして亀型の魔物を足元からひっくり返したかと思えば柔らかい部分へと突きを放つ。
　彼らを運よく抜けたとしても、優木遥斗が巻き起こすろっこん『風の篭手』が行く手を阻む上、動きを止めれば新田亮が放つ雷が、椿美咲紀が放つ炎が襲い掛かる。
　魔物の数が減っていくのを、八神修は高台から見ながら観察していた。借り受けた兵と共に矢を放ち、壁へと迫った魔物を相手にしていく。
　外壁用の岩を敵軍の上へ動かす予定だったが、前線で減らされる量が瓢のろっこんによって増えたため、まだ壁をそのまま保つ事ができていた。しかし、修は表情を緩めないし、安堵もしない。
（妙だな）
　魔物の数は減った。だが、途切れる事を知らない。そして、敵将の周辺を見れば激しい戦いが繰り広げられているが見えた。
　一方、副将らしき少女へは瓢が向かっている。それを危惧しつつも今、副将を押さえられるのは彼しかいないのでは、とも修は思った。
（混戦が、酷い。今の状態では……）
　彼は、用意していたメガホンをちらりと見、首を振った。そして、再び弓を構え、近づいてきた魔物を撃つ事に集中した。

　＊・＊・＊

（漸く、たどり着いた）
　瓢は、その周辺の異常さに僅かにだがたじろいだ。赤い金平糖が降り注ぐたびに、口をあけた魔物たちが活性化する。だが、兵士が口にするととたんに虚ろな表情になり、何者かの名前ばかりつむいで立ち去ってしまう。
（？　恋慕する相手の事を考えるようになるのかねぇ？）
　瓢は様子からそう考え、とりあえず受け止めた赤い金平糖を懐にしまった。そうして、術を振るいつつも敵将を気にかける少女・星華へと声をかけた。
「星華はん、だね？」
「！　――瓢兄さま？」