ラブ☆部活＆同好会デー｜リアクション

ラブ☆部活＆同好会デー

　体育館の前ではバスケットボール部が勧誘に励んでいた。全員が情熱的な赤いユニフォームを着用して通り掛かる生徒に声を掛ける。
　その中には羽生碧南の姿もあった。手にしたチラシにはイラストがふんだんに取り入れられていて、美男美女が爽やかな笑顔で試合をしている場面が描かれていた。
「バスケットボール部で爽やかな汗を掻いてみませんかー！」
　周りに倣って碧南も大きな声を出した。人波が途切れると自作のチラシにうっとりとした目を向ける。
　――乙女ゲーの再現度は完璧よね。飛び散る汗が光の粒になって輝いているわ。
　甘い顔に引き締まった肉体がとても素敵よ。寮に戻ったら先輩ルートを攻略しないとね。
　その時、右手の方から可愛らしい男子が歩いてきた。碧南の茶色い瞳が瞬時に照準を合わせる。瞬く間に口元が緩んだ。
　――後輩ルートも悪くないわね。先輩の私が勧誘で声を掛けると、男子はびっくりしたような顔で立ち止まるわ。頬を赤くしてモジモジしてもいいわね。なんですか、って緊張した声を返してきたら、決め台詞よ。
　あなたが欲しいって、男子は顔を真っ赤にして頷くとフラグが立つのよね。
「……うふ、うふふ……」
　胸中の欲望が少し漏れる。ある意味、男子は驚いた。碧南と目を合わせないようにして早足で通り過ぎた。
　我に返ると男子の姿はなかった。碧南は気にする素振りも見せず、明るい表情で周囲に声を掛けた。
「バスケットボールにはダイエット効果もありますよ！　夏に向けてスリムな身体をゲットしましょう！」
　その声に何人かの女子が猛然と振り返る。碧南のすらりとした身体を見て引き寄せられた。
「バスケに興味があるのでチラシを貰えませんか」
「私も真剣に部活を考えていて、チラシをください」
「急に興味が出てきて……」
「はい、どうぞ！」
　受け取った女子はチラシを食い入るように見詰めた。誰一人、ダイエットを口にすることなく、その場で体験入部を希望した。
　――この調子でいけばチラシはすぐに無くなるわね。
　碧南はほくそ笑んだ。先程よりも声に熱意を込めた。
「そこにいるのは羽生君かい？」
　背後から呼び掛けられた。恋人と待ち合わせをしていたかのように表情が明るくなる。髪を弾ませて碧南は振り返った。
　鷹取洋二が軽く左手を挙げた姿で歩いてきた。ふわふわとした黒い綿菓子のような髪型で顔の右半分は隠れている。涼しげな左目と口元に微かに浮かんだ笑みが心の余裕を感じさせた。
「鷹取先輩、どうしてここに？」
「僕が所属している美術部は、北校舎で体験入部を行なうことになっているんだよ。勧誘を兼ねて歩いていたのさ」
　右目に掛かっていた髪をゆっくりと掻き上げる。露わになった両目に見詰められて碧南は持っていたチラシをさり気なく胸に押し付けた。
「それは勧誘用のチラシかい？」
「そうですけど、見せられるようなものでは、ないです……自作のイラストが描いてあるので」
「美術部の僕としてはイラストが気になるよ」
　洋二は笑みを湛えて顔を近づけてくる。碧南の目はやや下がって唇を強く意識した。
　――どこに分岐が！　先輩ルートの恋愛モードに突入した！？
　で、でも、まだ私には覚悟が、回避するアイテムは、チラシよ！
　碧南はチラシを自身の顔の前に掲げた。洋二は描かれたイラストに顔を近づける。じっくりと細部にまで目を通す。
「線は細いが全体の構図は悪くない。何より、このイラストには情熱が込められている。部分的に荒いところに手を入れれば、いや、個性が失われては、しかし……」
　碧南はそろりとチラシを下ろした。洋二は顎に手を当てた姿で思索に耽る。声を掛ける行為が憚られ、二人は向かい合ったままの時を過ごした。