●作業３日目（２）　お願い、ドジョリーヌ●


　豆腐パーティでひと息ついてお腹もいっぱい、さあ作業再開だ。
「うおぉぉぉ！！！　せっかくまゆ先生に褒められたのに、
　プールがこんな大惨事に！？　許せん！　ドジョウ！！」
　さて、改めてプールサイドで叫んでいるこの男、名を冴木 竜司と言う。望月たちと同じ２年１０組の、体育委員だ。
「この前俺は、水泳部と合同でプール掃除をしてたわけだ……
　そう、久々にまゆ先生から褒められて俺は絶好調だったわけさ」
　何故かカメラ目線で、キリッとイイ顔をする冴木だ。
「それが……来てみれば『ご覧のありさまだよ！』と、ネタが尽きないのだが……
　なんで豆腐なんだよ！　どいひー！
　ゆるせん！　邪魔する悪いドジョウは蒲焼にして食う！　
　最近疲れ気味のまゆ先生にご馳走して、喜んでもらうしかねェ！
　ドジョウをゲットするためになんだってやるぜ……って、あひゃひゃひゃひゃ！？」
　おや、突然その冴木が、身をよじって笑い出したぞ？　見れば、にゅるにゅるそのシャツやらズボンやらにドジョウを流し入れているのはあの変態生物、じゃなかった後輩の陸上部マネージャー・桃原 空音だ。
「うねうね……ふへへ……っくねくね……っ！」
「って、変な所に入れるな桃原ーー！？」
　そのぬめぬめした感触にたまらず服を脱いでドジョウを追い出す冴木、あいかわらず変態スイッチが入りっぱなしの空音は、もちろんパンツ一丁のその半裸をガン見である。
「ああっ細マッチョの筋肉に、魅力的なお尻様！！
　ぐえーっへっへっへ！　滾る！　割りたい！！　割らせろ！！！（わきわき）」
　だが冴木も変態紳士と呼ばれる男、この程度で負けては（？）いない。
「うぐぐ、だが桃原ッ！　今の自分が大変魅力的な状態になっていることに、
　どうやら君は、気が付いていないようだなっ！」
「へっ……？（きょとん）」
「豆腐くずが、水着のいたるところにくっついて……
　白いものまみれで……まさにエロの塊ッ！（ハァハァ）」
「なっ、なななななちょっと竜司くん！
　なんであたしを変な目で見るのさ！？（真っ赤）」
　そう、かつて空音があの七音 侑にしていたセクハラ妄想を、自分もやられているのである！
「フッ……今日の君は、すばらしく輝いて見えるぜ！　もちろん性的な意味でな！
　俺も心置きなくガン見して……その痴態を心のアルバムに残すぜ！」
　相討ち！　妄想の相討ちだ！
　ある意味こう、相思相愛（？）な２人である。
「ちょ、ちょっとちょっと！　やめてよ！　やめてよぅ！
　そそそそんな目であたしを見ないでってば！（どーーん）」
「って、のわあ！（つるっ）」
　冴木をプールに突き飛ばしてぴゃー、と逃げていく空音。どぼーーんっ、と落っこった冴木の方は、やれやれとまたプールサイドに這い上がる。すでに豆腐から水になっていた区画に落っこちたので、下半身はびしょびしょだ。
　そして、そのプールの水面にぷかりと浮かび上がる、変態紳士のパンツ……
「んっ？　股間が、やけにスースーするぜっ？」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアア！？」
　横嶋 下心に続いて冴木竜司、２度目の下半身全裸である。また悲鳴を上げる田村マユミ、しかし２回目ともなると多少は心に余裕があったのか（？）、水槽のドジョウをむんずと掴んで、
「お願い、ドジョリーヌ！」
　とやおらマユミが、ドジョリーヌを投げた！
「オウッ！？（キン！）」
　股間にヒットするドジョリーヌ、すると……！　冴木の下半身がみるみる、白い豆腐でコーティングされていく！？
「豆腐パンツ！？」
「豆腐パンツだ！」
　そう、股間回りを濡らしていた水が、ドジョウの能力によって豆腐化されたのである！　ストリーキングを辛くも免れた紳士冴木、
「なにっ、ドジョウが……俺を助けた！？」
「キュキュウ！！」
　だがその股間をパカッと割って元気に登場するドジョリーヌ、
　ぼろぼろぼろっ……豆腐パンツ、あっけなく崩壊！
「ギャーーーーーーッ！？　どいひーーーーーー！！
　やっぱりドジョウなんて嫌いだーーーーーーー！！」
　冴木、やはり全裸になる運命……。
「竜司ちゃんセンパイ、男の子用だけど、水着持ってきたのだ使うのだ？」
　そこにトテトテと寄ってきた後木 真央が差し出したのは、何やら見慣れぬ真紅の布地だ。
「んんっ？　水着……って後木、これは……！」
「真央ちゃんがこないだ作った水褌なのだ、これを穿くといいのだ！」
　猫鳴館の寮生用に、真央がせっせと作った六尺赤褌がここに！
「うう……後木、サンキュー……」
　背に腹は代えられない。こうして冴木竜司、赤褌着用の寮生第１号となるのであった。

◇

　そんな変態たちの騒ぎをよそに、グループで協力し合ってドジョウたちの回収にあたっている者もいる。こちらは北条 冬華、小山内 海、御剣 刀、桜庭 円の４人だ。
「ドジョウのせいで、プール開きが遅れるのは避けたいですね。
　いっしょに頑張りましょう」
　おっとりとそう言いながら、プールサイドに腰掛けているのは北条 冬華だ。雪のようにふわりと白くやわらかな髪が、紺のスクール水着姿によく映える。その冬華が虫取り網で豆腐を掬って、ここまで採取したドジョウは２匹。順調なペースである。
（それにしても、先ほどから何だか、視線を感じるような……？）
　不思議そうに小首をかしげる冬華、そのけしからん水着のバストから慌てて視線を引き剥がして、豆腐の海にぶくぶくと顔を沈めるのは、このメンバーで唯一の男子生徒、御剣 刀だ。
「あら、刀さん、どうされたんですか？」
「ばんべぼばい（何でもない、気にするな）」
「でも、そのままでは溺れてしまいます……」
「ぼんばぼぼぼ（こんなこともあろうかと、浮輪と命綱も用意してきた。その心配はない）」
　こんなことって何だよ。
　ともかく浮輪に掴まり、御剣の方はプールの中でドジョウを採取している。その他に彼が用意してきたのは、大きめのボウルと目の粗い網。ボウルで掬った豆腐の中にドジョウがいればバケツに放り込み、あるいは網で掬ったりして彼が採集したのは、計４匹。
「……………………」
　そんな御剣を、じっと無言で見つめているのは小山内 海だ。いや、海はしゃべれないから、いつも無言は無言なんだけど。濡れるからと、筆談用のスケッチブックも置いてきてしまったようで、今日は普段に輪をかけて大人しく見える。
　いや……海も冬華といっしょに網を使って、先ほどからドジョウを掬っているのだが、どうもその手がお留守になって、あまり集中できていないご様子。チラッチラッと海の視線が往復するのは、挙動不審な御剣刀と、あと隣りに並ぶ北条冬華の……胸。
　そしてたまに見下ろす、あまり起伏があるとは言えない自分の水着姿だ。
（おっきいの……羨ましいな……）
　ちょっぴり微妙なモヤモヤがあるらしい、海なのだった。
「キュキュウ！」
「小山内？　何をボンヤリしている、ほら、ドジョウがいるぞ」
　御剣に指摘され、ハッと我に返って自分の網を手探りする海。彼女は、ようやくこれで１匹め。冬華も御剣も、捕まえたドジョウは全部桜庭円に渡しているので、海もそうする。
「にゃー君のご飯になるのでしょうか？」
　その台詞に、ちょっとびっくりして冬華を振り返る海だったが、
「だって、飼えなくてプールに放流したのでしたら、
　持ち主さんに返しても、結果は良くないでしょうし……」
「うーん、そこなんだよねぇ……」
　水着姿でやはり網を振るっていた桜庭 円が、腕組みで考え込む。
「確かにマユミちゃんも可哀想なんだけど、でもマユミちゃんの家族だって……
　って、わわっ、にゃーくん！？」
　そこでガジガジと、プールのフェンスを登ってきた茶トラの仔猫を発見し、びっくりする円。
「登ってこれるんだ、えらい、えらい。
　えらいのかな？　まぁ賢い（頭ぐりぐり）」
「うにゃーん？」
　そこで今度は冬華がボウルに入れて持ってきたドジョウを、興味津々で覗き込むにゃーくん。
「キュキュウ！」
「あっ、冬華ちゃんありがとうー。ほら、どじょうさんだよー。
　人懐っこいよ、ほら、鳴いてる……触ってみる？
　パ、パンチしちゃだめだよ！」
「ウニャニャッ！？」
　鼻の先っちょに絡み付かれそうになり、びっくりしてボウルをひっくり返す仔猫。ぐわんぐわん鳴ってるそのボウルの回りを、興奮して走り回るにゃーくんを拾い上げ、
「うーん、にゃーくんにはまだ無理だったねー。
　マユミちゃんに渡してこよっか、ほらにゃーくん落ち着いて」
　それまで捕まえたドジョーズをひとまず、マユミに渡しに行く円。その桜庭円を見送って、冬華と海、御剣の方も続けて作業再開……。

◇

　と、その時だった。ちょっとぼんやりしていたせいもあったのだろう、プールサイドの端に寄りすぎていた小山内 海が、ぐらりと傾いてバランスをくずした。
（きゃっ……！）
　声にならない悲鳴を上げる海、
「あっ、海さん！？」
　とっさに支えようと北条 冬華が伸ばした腕が逆に引っ張られ、

　どっぽーーーん！

　まとめて豆腐プールに落ちてしまう、海と冬華の２人。
「わぷ、豆腐だからただの水とは勝手が……」
　水面にはぷはっと浮上したものの、
「って、きゃあ！　そっ、そこは……だめ……ですっ！　あっああんっ！」
　胸の谷間に１匹、つるりとドジョウが入り込んでしまい、その感触に身をよじらせる冬華。
　海の方も事情は同じ、やはりドジョウが水着に潜り込み、くすぐったそうに身悶え。
（んっ……ぬるぬるして……なんか変な感じ……あっあっ）
　おまけに２人とも、落ちた衝撃で身体や顔に豆腐がしぶきとなって降り掛かり、何と言うかこう、じつによろしくない、よろしくない感じに。
（この白いの、べたべたする……っ）
「小山内！？　北条！！」
　異変に気付いた御剣 刀が、あわてて２人の傍に寄る。その力強い腕で、
「おい、しっかりしろ！」
　と２人をまとめて抱え上げ、ともかくプールサイドまで運ぼうとするのだが、
（ん？　豆腐のせいかぬるぬるするな……）
　落としてはいけない、しっかり力を込めた御剣の手に、
　ふにょん、
　と何だか柔らかい、２つの感触が……？
「あの、刀さん。そこは……掴むところでは……」
　消え入りそうな冬華の声に、はっと見下ろせば２人とも顔が真っ赤だ。おそるおそる自分の手の位置を確認する御剣……
　２人のおっぱいを鷲掴んでいました。おもいっきり。
（で、でも……助けてもらってるから暴れるわけにもいかないし……）
　ぎゅっと目をつぶり耐える海、御剣の方もあわあわして、
「えっと、その、咄嗟だったから、ゴメン！」
　となすがままの２人を慌てて、プールサイドへ上げるのだった。

　それからまた、冬華と海の水着に入ったドジョウを取るのに、それはそれは嬉し恥ずかしな大騒ぎがあったのだが……朴念仁（ルビ：ラッキースケベ☆ボーイ）の御剣がどのようにそのドジョウを取ったのか、それはご想像にお任せしよう。

【１０１匹ドジョーズ回収状況】
北条 冬華……４匹　　
御剣 刀……４匹　　
小山内 海……２匹　　
桜庭 円……３匹　　
（残りあと１７匹！）