●作業１日目（１）　俺たちの掃除はまだ始まったばかりだ●


　まるごと豆腐に変わってしまった、寝子島高校のプール。
　その異変にいち早く気付いたのは、先日プール掃除を終えたばかりの水泳部の面々だった。

「もうすぐプール開きなのだ〜♪　楽しみなのだ〜
　しゃおりー日本のプールで泳ぐのは、初めてなのだ！
　……って、ぎゃーーーっ！」
「わわっなに、どうしたの、りっちゃん？」
　いきなり立ち止まったちっこい李 小麗につまずき、ドサドサーとプールの入り口に倒れ込む佐々 寿美礼、そして志波 武道、鏡箕 萌、雨崎 荒太郎らの水泳部メンバー。
　そして全員が、いちめんに広がる豆腐プールを見るなり、揃ってカックンとアゴを落とした。
「ッテ、なんじゃこりゃぁー！」
　ずり落ち眼鏡のまま叫ぶのは、２年生部員の志波 武道だ。
「清く透き通った液体が、白く凝固した物体に！
　え？　なんか表現俺間違ったこと言った？　テヘ☆」
　エセ可愛く舌を出す武道を、ジト目で見る部長の寿美礼、そして１年生の萌。よく分かってない小麗の方は、カルチャーショック（？）でそれどころじゃない。
「なんでプールの水が豆腐になってるのだ〜！？
　しゃおりーが知ってるプールと全然違うのだっ」
　プールサイドにしゃがんだ鏡箕 萌がひとカケ、豆腐をつまんで、
「うわ、本当に豆腐だ」
　もぐもぐとその味を確かめ、呆れ顔になった。
「折角綺麗にしたのにこれはなぁ……」
　よく日焼けした顔をしかめて、萌がプール全体を見渡し……、そこでこの事態を引き起こした張本人・田村マユミと、桃原 空音の２人を見付けたのだった。
「あっ、荒太郎くんなのだ！　聞いてよ聞いてよっ、実は……かくかくしかじか」
「なっ、ナンダッテー。ギャース！　
　せっかく水泳部とみんなでキレイにしたプールなのにー！」
　ぷんすかの空音から、雨崎 荒太郎が事情を聞き出したところによれば、どうやらこのプールが豆腐になっているのは、中に潜んでいるドジョウのせいらしい。
「お、おぉ……。プールを豆腐に変えたのはドジョウの仕業なのか……
　危うく『日本ではプールに豆腐をぎっしり入れて、その中を泳ぐ』
　という誤認識をするとこだったのだ」
　うろたえていたチャイナっ娘・小麗も、説明を聞いてようやく納得顔になった。
「ぬぅ、しかし……この豆腐、どうしたものかー……
　まぁ、とにかくドジョウを何とか捕まえるしかないのだ？」
　サテしかし、どうやって？
「プール開きが出来ないのはマジ勘弁！
　早く元に戻さなきゃ、だよな！」
　そこでおもむろにジャージを脱ぎ出したのは、志波武道である。
「ＨＡＨＡＨＡ、ついに俺・解・禁☆（ぬぎっ）」
「って、えっ？　キャーーーーーーーーーー！？」
　初対面のマユミが悲鳴を上げるが、寿美礼たち水泳部員は、もはやこの脱ぎたがりにも慣れたもの（そうなの？）。神速の脱衣で、本気仕様のブーメランパンツ一丁になった武道は、
「いざゆかん、白き海へ！　ヒャッホウ！」
　そのままスタート台を蹴って高々と、豆腐の海に跳び込んだ！

　ずぼっっ！

「泳ぐぜーちょうおよぐぜーい！！」
　固形物の抵抗などものともせず、ガブガボと泳ぎだす武道を、呆れ顔で見る部員たち。
「そして砕くぜー超砕くぜー！！」
　ラッセル車よろしくパワフルに豆腐を掻き分け、強引に２５メートルプールの反対側まで到達する武道。壁面を蹴ってざぼーんとターンし、
「そいでもって、砕くほどに泳ぎやすくなってくぜぇーい☆（ビチャバチャ）」
　泳法をクロールに切り替え、さらにコースの豆腐を細かく掻いてシェイクしていく。
「おぉーー、すごいのだ！　いつも脱いでるだけの先パイじゃなかったのだ！」
　ぺちぺちとハムスターのような手で拍手する小麗に、
「ドーモドーモ、イエッス俺ブドー、これが俺の本気モード！」
　と、さらに速度を上げて応える武道先輩。その時だ。抜き手を切って泳ぐその指先が、
　コツン、ふと何かをかすめた。
「……んっ？」
　泳ぐのを止め、もしやと今通り過ぎた豆腐の撹拌跡を試しに、お椀の両手で掬ってみる武道……
「うをっ！　コレ見てちょ見てちょ、マユミちゃん！」
「おまえは……ドジョラビンスキー！」
　目をバッテンにして気絶しているそのドジョウを、慌ててプールサイドから金魚鉢を差し出し、受け取る田村マユミ。ドジョラビンスキーはしばらく目を回していたが、心配そうに擦り寄ってきた救助魚第１号、ドジョリーヌに鼻先をツンツンされて、
「キュキュウ？」
　金魚鉢の中でぱちくりと目を覚ました！
「おぉ、よかったわドジョラビンスキー！　志波様、どうも有り難うございます！」
「ＨＡＨＡＨＡなーに、たまたま指先に触れてラッキー、みたいな？」
　流れるようなフォームで突かれたドジョウに対して、武道のろっこん【スイ・マー】が発動したのである。通常は突いた部位を局所麻痺させる能力なのだが、今回は相手が小さすぎたため、手刀のひと突きで気絶させてしまったようだ。
　こうして志波武道、まずは１匹めのドジョウ救助に成功！

◇

「わわっ、やるねブドー君！　よーし、あたしも早く着替えてこよっ」
　その成果を見た佐々 寿美礼が、プール北側の更衣室に元気よくダッシュし、
「美礼は着替えるのだ？　じゃあしゃおりーは、覗きをする人がいないか見張るのだ〜」
　ちょこまかと可愛らしくその部長の後をついていく、李 小麗。
　一方、鏡箕 萌の方は、２匹めを求めて派手に泳ぎまくる武道を振り返って、
「うーん、一応豆腐なんだしあたしは流石に、あそこで泳ぐ気にはならないかなぁ……」
　萌は一度プールの外に出ると、家庭科室から借りたお皿と醤油片手にまた、戻ってきた。
「とりあえずあたしは、豆腐を食べて少しでも減らそうかな？
　……っと、その前に」
　エイッと体操着をたくし上げ、プールサイドでおもむろに服を脱ぎだす萌！
「って、ワーワー鏡箕ちゃん！　だめだよそんな所で！」
　更衣室から戻ってきた寿美礼が慌てて脱衣を止めようとするが、いや大丈夫、セーフセーフ。萌もまた、服の下はスクール水着だったのだ。
「ちょっとくらい泳げないかなーと思って下は水着着てたんだよね〜」
　健康的な褐色の肢体で、気持ち良さそうにウーンと伸びをする萌に、呆れ顔の佐々部長である。
「もー、どっかのブドー君じゃないんだから！
　変態さんが釣られて寄ってきたらどうするのっ」
　だが幸い、寿美礼や小麗が警戒していた覗き魔は、ここには現れなかったようだ。いや、警戒していたからこそ、寄ってこなかったのかもしれないが。
「ともかく！　水泳部部長としても、プール開きの危機は放っておけないからねっ」
　こちらもスク水＋ジャージの上着というアクティブな格好に着替えた寿美礼が、右手にパドルをスチャッと装着。プールに入り、その練習器具でザクザクと豆腐を掘り始めた。
「豆腐の回収は、あたしに任せて！　どんどんバケツに入れてくよっ。
　とはいえドジョウの方は、このパドルじゃちょっと掴みにくいから……」
「じゃあ、しゃおりーがドジョウを捕まえるのだ！（ふんすっ）」
　萌が家庭科室から持参したおたまを借り受け、寿美礼が掘削するプールの一画を、じーーっと大きな瞳で見つめる小麗。
「！！　そこなのだっ」
　しゅたっ。
　黒い尻尾が見えた瞬間、すばやくおたまを振るって、見事ドジョウを掬う小麗。
「キュキュウ！？（ぴちぴち）」
「あっ、こっちにもいるのだ！」
　さらに返す刀（？）で、豆腐に潜り込もうとしていたもう１匹を掬い上げ、こちらもボウルに落としてゲット。佐々寿美礼と李小麗のコンビ、連携で２匹のドジョウ回収に成功！
「ドジョチッチ！　ドジョビアン！」
「「キュキュウ〜」」
　田村マユミがその２匹に頬ずりするのを見て、ともかく良かったと思う寿美礼だ。
「ドジョウをこのまま返さなかったらお店の人が困っちゃうと思うけど……、
　でもどうするかは、捕まえてからみんなで考えよっか。
　難しいことは置いといて先に動くのがあたしのやり方なの！
　よーし、この調子でドンドン行くよ、りっちゃん！」
「ガッテンなのだ、美礼〜！」

【１０１匹ドジョーズ回収状況】
桃原 空音……１匹　　
志波 武道……１匹　　
佐々 寿美礼、李 小麗……２匹　　
（残りあと９７匹！）