●作業１日目（３）　イン・ザ・トーフプール●


　さて、そんな約１名のケシカラン（？）部員を除いて、残りの水泳部のドジョウ回収作業は、順調に進んでいた。あいかわらずビチャバチャと豆腐を掻き分け、コースを往復しているのは、志波 武道。
「でっかい豆腐食べたい人とかもいそうだからな。
　残りは後回しにして、まずは１〜２コースから重点的にっと……
　よし、こんなもんか」
　ある程度砕き終えたところで潜水して、今度はプールの底深くを平泳ぎ。広範囲に振動を与える泳ぎ方に切り換え、見えないドジョウを壁際へと徐々に追い詰めていく。
「ブドー君、その調子！　こっちにも寄ってきたよっ」
　プールの端から、パドルで豆腐を掘削していた佐々 寿美礼がまた１匹、スポッとその断面から跳び出してきたドジョウを発見。底に落ちてわたわたしているそのドジョウを、すばやく李 小麗がおたまで掬い、ボウルに取り分けていく。
「……うぉぅ、すくえばすくうほどボウルがドジョウだらけになって、
　かなりウネウネ感が増し増しなのだ。
　ちょっと鳥肌が立ってきたのだ……（ぞわぞわ）」
　その様子をわりと静観気味に、プールサイドで黙々と豆腐を食べていた鏡箕 萌も、
「う〜ん……。全く減らん。あと飽きたし」
　さすがに素のまま豆腐を食べるのに飽き始め、バケツを持って、寿美礼の豆腐運びを手伝いだした。
「ありがと、鏡箕ちゃん。重いから気を付けてね！」
「明日はホームセンターに寄って、新品のスコップとバケツを買ってくるっすよ。
　まぁそんなに減らせはしないけど、やらないよりはいいだろうし。
　少しくらいなら持って帰って食べれそうだし……」
　こうして水泳部は部員たちの連携で、さらに７匹のドジョウ回収に成功したのだった。だが、そろそろ日も落ち始め、改めて見渡すプールはまだまだみっちりと豆腐。萌の言う通り、全部のドジョウか豆腐を回収するまでには、かなり長丁場になりそうな気配だ。

◇

　人手の足りなさをメンバーが実感し始めた頃、さらに２人の女子生徒がプールにやって来た。
「呼ばれて飛び出てベートーベン！！
　ねこったーで豆腐プールが気になったので来てみたに☆……！！」
　すでに水着姿の元気な七音 侑、そして彼女とは同じ図書委員で顔見知りの、恵御納 夏朝の２人である。
「僕、暑いのは好きじゃない……
　でもプールがこのままじゃ、気持ちよく泳げないから……
　水泳の時間を楽しむ為にも……ドジョウさん掬い、頑張る！」
　ぐっとファイトな手を握りしめる夏朝もまた、市販の水泳帽＋ワンピースタイプの水着姿。可愛い。よく似合っている。似合ってはいる……のだが……
「うに？　恵御納さん、その水着って……」
「えへへ……どうかな（もじもじ）
　これだけちょっと安くて可愛かったから、思い切って買ってみたんだけど……」
「う、うん。恵御納さんには、よ、よく似合ってると思うに……（目逸らし）」
　言えない……「ソレ、子供用水着なんじゃ？」とは、ウン、口が裂けても……。
　その事実にまるで気が付いていない、幼児体型の夏朝の方は、褒められたと思ってえへへ……とはにかみ嬉しそう。
　さて、まあともかく、ソンナコンナでプールに着いた２人だ。
「あやっ！　あ、あれが噂の豆腐プール！？」
　その白い水面が見えた途端、裸足でプールサイドを駆け抜け、おもいっきりその凝固面に全身ダイブをかます七音侑！


　＼とーにゅー！！／


「……………ぷは！」
　Ｙの字に空いた穴の底からピョコンと立ち上がり、びっくりして見ている夏朝と、こちらもビックリ顔で視線を見交わす侑。
「な、なんだか豆腐プールを見た瞬間そいびーんな気持ちになったに……
　自分でもわからない衝動が体を走ったに……
　あ、ちゃんと人型の穴になった♪　マンガみたーいにゃはは♪」
　豆腐まみれのベリーショートの髪を掻き上げ、楽しげに笑う彼女。
　一方その、本能のままに行動する侑とは対照的に、恵御納夏朝の方は入念な準備運動を済ませて、水泳用ゴーグルも装着。水泳帽にしっかりそのクセっ毛を入れて、慎重にプールに入った。
「ドジョウさん捕まえる為に、虫取り網も買ってきたけど……
　大丈夫だよね？　たも網、ちょっと高くて……」
　その虫取り網を持ったまま、ダバダバダバ……とバタ足で泳ぎ始める夏朝。
（うっ……お、重い……折れちゃうかな？）
　けれど、夏朝が思っていたより豆腐の抵抗は重かった。網を破らないように速度をゆるめ、虫取り網を横手に持ったり下に構えたりと、角度を工夫しながら進んでみる。これでドジョウが、１匹でも入ってくれたらいいのだけれど。
（それに、本当にまっしろ）
　ゴーグルを付けているので豆腐が目に入ることはないが、それでも視界が効かないことには変わりない。
（他の人にぶつからないといいけど……）
　そう夏朝が心配した途端、ぐいっ！
　いきなり虫取り網に負荷が掛かり、そのままポッキリ持ち手が折れてしまった！？
「のわああああっ！？　前が、前が見えナーーイ！！」
　のーーん、と海坊主のようにそこで豆腐を割って現れたのは、虫取り網をストッキングっぽく顔面に被った変態……いや違った、これは水泳部員の志波 武道だ。武道がプールの底、夏朝がその上を進んでいたため、同じコースにいても互いの接近に気付けなかったのである。何しろ豆腐で塞がれた、この視界の悪さだ。
「ご、ごめんね」
「うんにゃ、俺こそ不注意で……むしろ、ろっこんで気絶させたりしなくて良かったワー」
　一瞬、ヒヤッとした武道なのだった。
（俺の手は、一歩間違えば凶器にもなるからな……
　クロールだったらヤバかった。もっと気を付けて進まないと）
　一方、夏朝の方はせっかく用意してきた虫取り網が早々に折れてしまい、しょんぼりである。不可抗力だったとはいえ、これに責任を感じた武道が、
「メンゴメンゴまじメンゴ。そいじゃ、こうしよっぜぇーい！
　俺がプールの底から、ドジョウを水面に追うから……」
　武道が底の豆腐を掻き回し、追われたドジョウがやがてピョコンとプールの上に這い出す。
「キュキュウ！」
　そこで待ちかまえていた夏朝が、ドジョウを網で掬って回収。折れた虫取り網は、むしろ柄が短くなったことで、さばきやすくなった。金魚すくいの要領である。
「やった……僕にもドジョウさん、掬えたよ！」
　恵御納夏朝はこうして日が落ちるまでに、計３匹のドジョウを救助したのだった。

【１０１匹ドジョーズ回収状況】
佐々 寿美礼、李 小麗、志波 武道、鏡箕 萌……７匹　　
恵御納 夏朝、志波 武道……３匹　　
（残りあと８２匹！）