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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
午後六時のスーパーマーケット
服を着替え、メイクを落とす。
「お疲れさまでした」
シーサイドタウンの一角にある撮影所でのモデルの仕事を終え、如月 蘇芳は片付けに追われる現場の人々に温和な笑みを向けた。方々から掛けられる労いの声のひとつひとつに丁寧な礼を返し、撮影所のあるビルを出る。
地階から階段を登って地上に出た途端、ふわりと優しい春の夕暮れが疲れた体を包んだ。
春の茜の色よりも鮮やかな珊瑚の色した瞳を細める。視界の端に落ちてきた白い髪をかきあげれば、知らず、小さな息が零れて落ちた。
シーサイドタウンの街角でモデルのスカウトを受けたのはしばらく前のこと。予定していた撮影のモデルの病欠に窮する撮影所の人々を援けるつもりで飛び込んだモデルとしての仕事は、その際に覚えた上手くポーズを取れないもどかしさも手伝って、今もこうして続けている。
いくつかの仕事をこなすうち、カメラマンが要求してくるポーズや表情を取ることに対するぎこちなさは消えた。確かな手ごたえは、元より勉強している演劇の良い経験にもなっている、
(……の、かな？)
肩越しに撮影スタジオを振り返り、蘇芳は唇の端をちらりと持ち上げる。
頭の天辺から爪先に至るまで神経を行き届かせてポーズを取る、己が今経験しているこの仕事は、この先うまく演技に活かせられるだろうか。
(だと良いけど)
スタジオのある通りからシーサイドタウン駅に続く大通りに出る。春の休日に賑わう駅前通りを何食わぬ顔で颯爽と歩きながら、内心だけで不快げに眉を顰める。この辺りは、どこかしらから煩い音楽や無暗に騒ぎ立てる人々の声が耳に届く。
心の内を決して表には出さず、雑踏を渡って駅の構内に入る。真っ直ぐ切符売り場に向かおうとして、ふと、駅内にあるスーパー『猫城岩井』が目に留まった。
(……そうだ)
輸入食品を多く取り扱うここのスーパーマーケットは、珈琲や紅茶の品揃えも悪くない。
買い置きの珈琲がそろそろ尽きかけていることを思い出し、通路に向けて色んな弁当類を並べる棚の脇から店内に入る。料理の腕が一家揃って壊滅的な如月家では、普段の食事でもちょくちょくスーパーのお弁当が出てくる。そうでなければ外食か、その気にもならなければ食事を摂らないこともある。そもそも、揃って演劇関係の家族は高校生の蘇芳を置いて留守がちなことも多い。
幾度も訪れたことのある店内を迷うことなく歩き、珈琲紅茶の棚の前に立つ。
(紅茶もいいよね)
背の高い棚一面だけではなく通路に置かれたいくつもの藤籠にまで満載の、何十種類にも及ぶ珈琲をひと眺めして後、先に目が向いたのは向かいの棚の紅茶。
ダージリンにアールグレイ、セイロンにオレンジペコー。スタンダードな紅茶の隣には、マスカットやストロベリー、桜にアセロラ、バニラにチョコレート、果物どころか様々なフレーバーの絵が描かれたカラフルな紅茶の箱は、どうしても目を惹く。
「んー……」
ハーブティーも良いけれど、とカモミールやローズヒップが詰められた袋を眺めもしてみるものの、最近は美味しいハーブティーを出す店を幾つか知った。ハーブティーは今度その店に行ったときに選んでみてもいいかもしれない。となれば、と蘇芳は珊瑚の瞳を上げる。
(たまには)
フレーバーティーを楽しんでみるのもいいかもしれない。
いくつかの箱の前には、フレーバーティーの香を確かめられるサンプルが置かれている。そのひとつひとつを手に取って香りを確かめ、花を選ぶように選び出したのは、季節ものの桜フレーバー。柔らかく甘い、心和む桜の香がする和紅茶葉の入った小瓶をひとつと、
(あとは)
鮮やかな紅の実が描かれた箱を手にする。サンプルで嗅いだ甘酸っぱく爽やかな香りは、いかにも疲れを吹き飛ばしてくれそうな爽やかさだった。
手にしたふたつのフレーバーティーを見下ろし、蘇芳は心中で少し苦く笑う。慣れてきたとはいえ、上手く出来るようになってきたとはいえ、モデルの仕事はもしかするとまだ少し気疲れするものなのかもしれない。
(まあ、……緊張するのも悪くはないよね)
珈琲の棚から取るのはいつものマンデリンブレンド。苦味が強く香り高い珈琲は、気持ちを引き締めるのにちょうどいい。
選んだ品物を片手に抱いて、他には目もくれずにレジへ向かう。帰ったところで、家族はどうせ皆仕事で居まい。元より何事に関してもうるさくは言われはしないけれど、誰もいないのであれば食事を摂らずとも構わなかろう。
代金を支払い、レジ袋を片手に切符売り場に向かう。星ヶ丘の自宅に帰ったら、
(早速一杯淹れてみようかな？)
お気に入りのポットに湯を注いだ途端に広がるだろうフレーバーティーの甘い香りを思い、蘇芳は珊瑚の瞳を淡く淡く微笑ませた。
「お疲れさまでした」
シーサイドタウンの一角にある撮影所でのモデルの仕事を終え、如月 蘇芳は片付けに追われる現場の人々に温和な笑みを向けた。方々から掛けられる労いの声のひとつひとつに丁寧な礼を返し、撮影所のあるビルを出る。
地階から階段を登って地上に出た途端、ふわりと優しい春の夕暮れが疲れた体を包んだ。
春の茜の色よりも鮮やかな珊瑚の色した瞳を細める。視界の端に落ちてきた白い髪をかきあげれば、知らず、小さな息が零れて落ちた。
シーサイドタウンの街角でモデルのスカウトを受けたのはしばらく前のこと。予定していた撮影のモデルの病欠に窮する撮影所の人々を援けるつもりで飛び込んだモデルとしての仕事は、その際に覚えた上手くポーズを取れないもどかしさも手伝って、今もこうして続けている。
いくつかの仕事をこなすうち、カメラマンが要求してくるポーズや表情を取ることに対するぎこちなさは消えた。確かな手ごたえは、元より勉強している演劇の良い経験にもなっている、
(……の、かな？)
肩越しに撮影スタジオを振り返り、蘇芳は唇の端をちらりと持ち上げる。
頭の天辺から爪先に至るまで神経を行き届かせてポーズを取る、己が今経験しているこの仕事は、この先うまく演技に活かせられるだろうか。
(だと良いけど)
スタジオのある通りからシーサイドタウン駅に続く大通りに出る。春の休日に賑わう駅前通りを何食わぬ顔で颯爽と歩きながら、内心だけで不快げに眉を顰める。この辺りは、どこかしらから煩い音楽や無暗に騒ぎ立てる人々の声が耳に届く。
心の内を決して表には出さず、雑踏を渡って駅の構内に入る。真っ直ぐ切符売り場に向かおうとして、ふと、駅内にあるスーパー『猫城岩井』が目に留まった。
(……そうだ)
輸入食品を多く取り扱うここのスーパーマーケットは、珈琲や紅茶の品揃えも悪くない。
買い置きの珈琲がそろそろ尽きかけていることを思い出し、通路に向けて色んな弁当類を並べる棚の脇から店内に入る。料理の腕が一家揃って壊滅的な如月家では、普段の食事でもちょくちょくスーパーのお弁当が出てくる。そうでなければ外食か、その気にもならなければ食事を摂らないこともある。そもそも、揃って演劇関係の家族は高校生の蘇芳を置いて留守がちなことも多い。
幾度も訪れたことのある店内を迷うことなく歩き、珈琲紅茶の棚の前に立つ。
(紅茶もいいよね)
背の高い棚一面だけではなく通路に置かれたいくつもの藤籠にまで満載の、何十種類にも及ぶ珈琲をひと眺めして後、先に目が向いたのは向かいの棚の紅茶。
ダージリンにアールグレイ、セイロンにオレンジペコー。スタンダードな紅茶の隣には、マスカットやストロベリー、桜にアセロラ、バニラにチョコレート、果物どころか様々なフレーバーの絵が描かれたカラフルな紅茶の箱は、どうしても目を惹く。
ハーブティーも良いけれど、とカモミールやローズヒップが詰められた袋を眺めもしてみるものの、最近は美味しいハーブティーを出す店を幾つか知った。ハーブティーは今度その店に行ったときに選んでみてもいいかもしれない。となれば、と蘇芳は珊瑚の瞳を上げる。
(たまには)
フレーバーティーを楽しんでみるのもいいかもしれない。
いくつかの箱の前には、フレーバーティーの香を確かめられるサンプルが置かれている。そのひとつひとつを手に取って香りを確かめ、花を選ぶように選び出したのは、季節ものの桜フレーバー。柔らかく甘い、心和む桜の香がする和紅茶葉の入った小瓶をひとつと、
(あとは)
鮮やかな紅の実が描かれた箱を手にする。サンプルで嗅いだ甘酸っぱく爽やかな香りは、いかにも疲れを吹き飛ばしてくれそうな爽やかさだった。
手にしたふたつのフレーバーティーを見下ろし、蘇芳は心中で少し苦く笑う。慣れてきたとはいえ、上手く出来るようになってきたとはいえ、モデルの仕事はもしかするとまだ少し気疲れするものなのかもしれない。
(まあ、……緊張するのも悪くはないよね)
珈琲の棚から取るのはいつものマンデリンブレンド。苦味が強く香り高い珈琲は、気持ちを引き締めるのにちょうどいい。
選んだ品物を片手に抱いて、他には目もくれずにレジへ向かう。帰ったところで、家族はどうせ皆仕事で居まい。元より何事に関してもうるさくは言われはしないけれど、誰もいないのであれば食事を摂らずとも構わなかろう。
代金を支払い、レジ袋を片手に切符売り場に向かう。星ヶ丘の自宅に帰ったら、
(早速一杯淹れてみようかな？)
お気に入りのポットに湯を注いだ途端に広がるだろうフレーバーティーの甘い香りを思い、蘇芳は珊瑚の瞳を淡く淡く微笑ませた。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2017年07月12日
- 参加申し込みの期限
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- 2017年07月19日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2017年07月19日 11時00分
