●２年２組の光景
（よし、校長の長話も乗り切った）
　眼鏡の奥にある緑色の瞳をキラリと輝かせ、夢呼・ステイシーは心の中でググッとガッツポーズした。
　本来、病気がちで身体の弱い夢呼。最近は体調管理を心がけ、春休みも自分なりに規則正しい生活を送っていたため、始業式も無事に出席できた。しかも校長先生の長話も倒れずに乗り切れたのだから、これは大いなる成長とっても過言ではないだろう。
（あの雑誌で見た『健康☆呼吸法』が効いたのかもしれないな。健康って大事だわホント）
　最近試した健康法に感謝しつつ。うんうん、と頷きながら、夢呼は２年２組の教室へ足を踏み入れた。

　ガラリ、と夢呼がドアを開けば、目の前にいたのは日々野 結衣香。茶色の髪をポニーテールにし、赤いリボンを結んだ結衣香も夢呼の姿に気付いたようで、のんびりと微笑んだ。
「ステイシーさん、また同じクラスですね」
　ペコリと結衣香がお辞儀をすれば
「あぁ、旧１年５組同士よろしくな、日々野」
　夢呼も笑みを返す。
「お、日々野。同じクラスになったか、よろしくな」
　教室に入ってきた御剣 刀も、結衣香の姿に気付き声をかけた。
　鋭い眼光でありながらも、柔和な雰囲気を醸し出す刀は高校２年生でありながら、既に武道の達人の如き強さと優しさを兼ね備えている。
「御剣さん。これなら歴史小説、いつでも貸せますね」
　歴女な結衣香、刀に向かってにっこりと笑んだ。
「そうだな、よろしく頼む」
　夢呼や結衣香にニッと笑みを返し、己の席へと刀は向かった。

　席に着いた刀が教室を見渡せば、結構な確率で見知った姿を見つけられる。
　だが、それでも新しいクラスになれば空気は変わる。どんなクラスになるのかワクワクした気持ちを秘めながら、積極的に周りへ声をかけていく刀。
　悪友の如月 庚の姿を見つければ、お互い歩み寄ることはないが、庚は気だるげに刀に向かって片手を挙げた。
　そして更に目に入ったのが……緑色をした校章。その持ち主の姿を見れば、小柄でピンクゴールド寄りな茶髪少年で。
「卯木。どうしたんだ、その校章」
「お、刀くん。いいだろ、俺の宝物ー」
　ご機嫌な表情で、他の旧１年３組のクラスメイトと話しを終えた卯木 衛が刀に近寄ってきた。
　本来ならばエンジ色の校章があるはずが……衛の胸の校章の色は、緑色。
　３月に卒業した先輩……否、愛しい人から譲り受けた校章は、衛にとって唯一無二の宝物であり。３年間使われていた緑色の校章は、今は衛の胸で輝いている。
（これで、毎日先輩を感じられる）
　胸を張り、刀へ校章を見せつける。
　小柄な衛が胸を張る姿はどちらかと言うと可愛らしく思えるし、どちらかと言うと新一年生に見えそうだ……という思いを、刀は胸に仕舞った。
　刀と衛が挨拶を交わしていると。教室にまた一人の少女が現れる。
　茶色のツインテールを揺らしながら教室に入ってきたのは、七夜 あおい。
「みんな、今年もよろしくね」
　旧１年５組だった夢呼や結衣香と笑顔を交わした後、衛たちに近寄ってきた。
「お、あおいくん。よろしくー！」
　衛が笑顔で返事を返し。
　あおいと衛、似たような背丈の二人が並ぶのは可愛らしく思える、という思いも刀は胸に仕舞い。
　刀はあおいによろしく、と手を挙げた。そしてふと思い出す。
「そういえば。アホの子……じゃねえ、野々は何組だ？」
「ん？　ののこくん？　何組だったっけ？」
「あいつ一応落神だからな、気にしておかないと」
　あー、そだなー、と衛は頷く。
「ののちゃんは４組よ。クラスが離れちゃって寂しいな」
　あおいが少し寂しそうに眉を寄せた。その瞬間、更にあおい達に少女の声がかかった。
「わ。みんな同じクラスなんだね。よろしくね」
　声の主を見れば、そこには恵御納 夏朝。
「夏朝ちゃん！　一緒のクラスなんだね」
　淋しそうな表情を見せていたあおいだったが、また表情を輝かせる。
　夏朝も旧１年４組の友達と離れてしまった寂しさを感じていたが、こうして新しい縁が出来るのはわくわくする。
「確かに、仲良いやつと離れるのは寂しいよな。だけど一生の別れじゃないし、同じ学校ならいつでも会えるしっ」
　同じ学校でなかったとしても。会おうと思う気持ちがあればいつだって会える。
　そう思いながら、明るい笑みを浮かべる衛にあおいもそうだね、と頷いた。
「今年も皆で楽しい１年になればいいな！」
　おー！　と両手を上げる衛に、夏朝やあおいも笑顔で腕を上げた。


　長かった校長の話に表情も変えず。
　椎井 莉鳥は無感動に教室へ向かい、自分の席を確認し一直線に向かうと、静かに腰をかけた。
　周りでは、また同じクラスになれた喜びを分かち合うものや、新たな縁を紡ぐものなど、いつも以上に賑やかで。
　庚や、旧クラスで一緒だった生徒を見つけるも、皆思い思いの時間を過ごしている。
　積極的に交友を図るタイプではない莉鳥もまた、持参した文庫本を取り出し、ホームルームが始まるまでの時間を過ごそう、とページをめくり始めた。
　すると。
「へぇ、面白そうな本を読んでるじゃん」
　突然に注がれた明るい声に、莉鳥は顔を上げた。
「その本、俺も読もうか悩んでたんだよな。面白いか？」
　目の前には、黒髪に眼鏡姿の夢呼。緑色の瞳が莉鳥の表情を見つめる。
　夢呼がもっと色んな交流をしたい！　と思っていた矢先、前から気になっていた、数学者を題材とした本を莉鳥が呼んでいるのを見かけ、これも縁！　と声をかけたのだ。
　物静かに見える莉鳥だが、積極的ではないだけであり。本来、莉鳥は特に人見知りをしない。
　夢呼の言葉に大きく表情は変えないものの
「えぇ。まだ中盤だけれど、賞を獲るのは頷けるレベルだわ」
　俺もやっぱ読もっかな、と夢呼が頷く。そんな読んでいた本の話から、お互いに簡単な自己紹介が始まり。
　夢呼も莉鳥も同じ寝子島出身だったが、お互いにあまり見覚えを感じていなかった。
　恐らく、夢呼は病弱だったがゆえに中学校を満足に登校出来ていなかったし、莉鳥も１年留年をしており、実を言うと年齢が違うせいもあるだろう。
　陸上部である莉鳥、身体を強くしたい夢呼。
　極度の甘党である夢呼の話に、先日、莉鳥の元カレである北里 雅樹が絶品玉子プリンパフェ１０杯チャレンジを行っていたのをほんのり思い出したり。
　夢呼にとっても、自分のことを話し、また聞いてくれ反応があることがとても嬉しく感じられ。どんどん饒舌になっていく。
（この機会に、もっと交流を頑張ってみるのもいいかもしれないな）
　健康な身体に、新たな友達。勿論これまでの縁も大事にしたい。
　新たなスタートに胸躍る気持ちの夢呼。
　思いのほか、二人の会話は緩やかに、しかし楽しく続いて行くのだった。


　始業の鐘が鳴る。
　その音を聞いて生徒が席へと戻って行き、先生の登場を待つ。
　少しの時間の後、ガラガラと扉が開けば。
「はーい、みんなー。席についてー」
　ニッコニコの笑顔と共に教室に入ってきたのは、今年２年２組の担任となった久保田 美和。
　入ってくるなり『美和ちゃん先生ー！』『みっちゃんせんせー！』などと声がかかり、その声に手を振り応える美和の姿はとても嬉しそうだ。
「それじゃ、ホームルームを始め……」
「……っ！　間に合ったー！」
　後ろのドアがガラガラと開けば、そこには大きなリボンを揺らしながら教室に入ってきた鬼河内 萌。
　直前まで野菜原 ユウと会話をしていたため、遅れてきたようで。
「全然間に合ってないわよー。先生もう来てるわよー」
　美和の言葉に、萌が「てへ☆」と笑みを浮かべながら席へと着いた。
「それじゃ改めて。ホームルーム始めるわね」
　そばかすに赤いフレームの眼鏡、そして恋バナ大好き！　おまけに部屋が汚い！　と、これまでに美和が担当したクラスの生徒たち以外でも伝説の数々を目の当たりにした生徒は多い。
　だが、その気さくさと明るさゆえ、人望も厚く。
　旧１年４組では寄せ書きを渡したり、美和からほんのりと涙が零れる程の別れの場面もあったのだが……。
（……みっちゃんとは、なんだ……その…カンドー的な別れってヤツをしたつもりなんだがな……）
　庚は、話し始める美和を見て思う。
（まさか、再びみっちゃんの世話を……否、世話になるたぁ思って無かったぜ……）
　学級委員ではないものの、何かあればクラスを纏めるポジションに立っていた庚。ハイパーエリートヤンキーとして美和のクラスで一年を過ごしてきた庚（但し、本人はその称号に不服）
　気を取り直して。
（まぁ、なんすか……また一年世話んなります）
　また今年もテキトーにやるか、と思う庚だった。