新年度のはじまりはじまり。普通科編｜リアクション

新年度のはじまりはじまり。普通科編

●智也と七瀬
　お弁当の時間である。

　いつもは買い食い派、倉前七瀬。
　だがしかし、今日は千種智也と共に寮の厨房でお弁当を用意してきた。　
　高３でピクニックって、なんか不思議な感じ……と思っていた智也ではあったが、朝から慣れない弁当作りに奮闘するルームメイト、七瀬の姿を思い出せば
（せっかくだから楽しむとすっか）
　と気持ちが入る。
「智也、あの辺良さそーですよー」
　あぁ、そうだな……と七瀬の指さす場所へ着いて行く智也。
　二人はレジャーシートを敷くと、腰かけた。

　智也のお弁当は、ウインナー、きんぴらごぼう、ホウレン草の胡麻和え、そして卵焼き。
　ほとんど焼くだけ、もしくは冷凍食品ではあるが、卵焼きだけはお手製である。
　対して、七瀬のお弁当。から揚げと筑前煮、ほうれん草のごま和えに炒り玉子。智也と違い、主食は海苔を巻いた俵型のおにぎり。
　お互いのお弁当を見比べ。
「智也、お弁当のおかず交換しませんか？」
「あぁ、構わない。……一緒に作ったは良いけど、あんま中身見てなかったんだよな」
「ごま和えと炒り玉子、おにぎりは自作ですがー……他はレンジでチンしたものを詰めただけなので、味は保障します」
　ニヘラ、と笑みを見せる七瀬に
「へぇ、炒り卵美味しそう。一口いいか？　俺のもなんかやるから」
「勿論です。炒り玉子、本当は玉子焼きのつもりだったのですがー」
　七瀬が照れ笑う。
　そんな七瀬お手製炒り卵を口に運べば、智也は「ん、美味しい」と自然に声が出た。
「よかったですー。それじゃ、玉子焼きください」
　ひょい、と一切れ箸でつまみ、七瀬が口に運ぶ。程よい焼き加減に緑色の目を細めた。
「智也の手作り？　上手ですねー」
「まぁ、玉子焼きは手作りだけど……いやでも、俺は胡麻和えは冷凍だし。倉前、結構手作り多いよな」
　こうして二人、お互いの弁当を食べ比べ楽しいランチタイムは過ぎていく。
　また二人でお弁当を作るのも悪くないかもしれない、とお互いは心の中で思っていた。

　お昼ご飯を食べ終え、二人はフラリと気ままに散策していた。
「あ、アヒルですねー」
　七瀬が可愛らしいアヒル型ボートを指さし、見るからに乗りたそうなキラッキラな眼差しを智也に向けてくる。
「アヒル？　……あぁ、ボートか。あれ、四人乗りだろ？……それに、恥ずかしーし」
「わかりました、じゃあ２人乗りにしましょうー」
　これぞ名案！　とばかりに七瀬が智也をぐいぐい引っ張れば
（仕方ないな………）
　意気揚々とボート乗り場へと向かう七瀬に、抵抗せず着いて行く智也だった。
「倉前ってボート漕げんの？」
「頑張ります！」
　苦手科目：体育、な七瀬。
　智也は不安を覚えながら、二人はボートに腰掛けた。

　しばし後。
「……案外疲れるよな、これって」
「流石智也。すごかーです」　
　結局、最初はニコニコしながら頑張って七瀬が漕いではみたものの。
　早々にバランスを崩し、同じ場所をグルグル回り出した二人のボート。
　しょうがねぇなぁ……と智也が助け舟を出し、今はゆっくりとしたペースで智也がボートを漕いでいた。
「ごめんなさいー」
「いいよ、別に。案外疲れっからな、これ」
　想定範囲内だし、と思いながら七瀬を見れば、彼は湖面を覗き込んでいた。
　つられて智也も湖面を見れば、湖越しに七瀬と目が合う。
「智也、ありがとう」
　緑色の猫目で見つめられ。
「……いいよ、別に」
　智也のピンク色の瞳が、照れ隠しのようにそっぽを向いた

　湖の揺れに身を任せ。
　まだ冷たい湖に、七瀬が手を浸し入れる。そしてパチャパチャと掌を動かし、無邪気にはしゃいでいた。
　湖の水が微かに振動し、揺れる。だがその揺れは七瀬が手を止めれば、直ぐに穏やかになり。
　……穏やかな一年をこれからも過ごせればいい。
　例え波紋が広がっても、きっと直ぐに穏やかになるだろう。
　七瀬の姿を見て、そう思う智也だった。