【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　日が暮れて、木天蓼大学の花見一行は居酒屋へと移動していた。
　創作系居酒屋というやつだ。障子が個室を区切り、照明も行灯風で桜模様がちりばめられている。店員も作務衣が制服のようだ。
　掘りごたつ、畳敷きの部屋にあげられた。学部生たちがしっかりと会場を予約してくれたようである。
　過半の参加者はもう酒が回っているので、なんとも上機嫌な様子だ。赤ら顔でとりとめのない会話を交わしている者たちがある。電話番号を交換している小集団がある。着いて早々、船を漕ぎ出す者もあった。

　マリエッタ･ラシュリエと古苗木美姫、そして葉月朱真はここでも近い席になっていた。
　美姫は店員に、
「ノンアルコールのサラトガクーラーを。ジンジャー多めで」
　と手際よく注文している。
「よさそうだな、それ。わたしもひとつ頼む。ノンアルコールでいいのか、だと？　当然だ。そもそもこの見た目では、元より酒など注文もできまい」
　朱真は美姫に言う。
「詳しいんだな、ノンアルコールカクテル」
「実家で父に、バーに連れていってもらったことが何度かありまして……」
「あなたたちはいつ二十歳になるの？」
　マリーが聞くと、
「8月末、だが、体質的に呑めない予感もする」
「私は、10月初頭に誕生日が来ますね。成人式は、朱真ちゃんと同じ1月になりそうです」
　そうそう成人式といえば、と美姫は苦笑して、
「そういえば春休みに、来年の成人式用におろしたての着物を着たのですが、実家で父に一日中、撮影されっぱなしでしたよ」
　とスマホに転送されてきた写真を見せるのである。彼女の父親が張り切って撮りまくっているところが想像できそうな、いい写真ばかりだった。
　外を見れば、ライトアップされた桜並木がとても綺麗だ。
　写真撮影しようかと思ったマリーだが、それは安易な気もしたので控えた。
　感じたままにしておくのがいい場合もある気がする。それに、ファインダー越しじゃなく、肉眼で見たものを記憶に残しておきたいとも思った。
「誰か隠し芸はないのか、隠し芸やってくれ！」
　院生の男子、熊のような外見をした男がガハハと笑って告げた。ちなみにこの男は言うやいなや、割り箸を手刀で叩き斬るという芸当を披露して喝采を誘った。
「まったくこれだから男子は……」
　マリーは少々呆れ顔だ。それに熊男のあの手刀芸、彼女は宴会のたびに見せられており、少々辟易気味でもあった。
　なぜだかそのお鉢が、朱真のところに回ってきたようだ。
「一芸披露？　わたしは芸など持ち合わせていないぞ」
「そこをなんとか！」
　例の熊が手を合わせた。仕方がない……朱真は席を立つ。
「目新しい内容でもないが、円周率でも暗唱してみせようか……いくぞ！　3.14159265358979323846264338327950288419716939937510
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923460348610454326648213393607260249141273……」
　マリーも美姫も、熊男も、あっけにとられたように朱真の滑らかな暗唱を眺めるほかない。
　誰かがストップと言わない限り、終わる気配はないのだった。
　楽しい夜はまだまだ続きそうである。