【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

●桜川にて春眺む

　空は、透き通る青色で、
　風は、目に見えぬ緋の色で、
　桜川を、舞い散る花の香りがつつむ。大空が薫る。風が芳る。郁（かお）る。

　昨日につづく晴天だ。雨寺凛はパジャマ姿で、自室の窓を開けはなった。
「うわぁ、綺麗だねぇ！」
　思わず言葉が口をついて出ている。凛は桜花寮そばの桜並木を目にしたのだった。
　桜川のほうはもっとすごいんじゃないかな！
　それは予想というより確信に近い。
　こうしてはいられない。凛は胸の内側で、空気がいっぱいにつまったゴムボールがぽんぽん跳ねているような気がした。思い立ったら即行動というわけで、凛は着替えもそこそこに、エプロンを巻いて弁当を作り始める。

　うーん、と羽生碧南は猫のように伸びをした。
　いい気分だ。週末の土日ともに部活が休みになるのはいつ以来だろう。
　本日、碧南の装いは、カラフルな絞り染めのTシャツだった。これを着るのはとっておきの日と彼女は決めている。そう、今日のように天気の良いオフの日に！

　まだTシャツ一枚では寒い時期なので、上から白いパーカーを羽織り、ホットパンツに膝下のブーツというコーディネーと。180センチの長身が無駄なく活きるその装いは、ティーンズファッション誌のモデルのようだ。
　昨日、碧南は寝子島神社の桜祭りへ遊びに行った。同行したのは彼女の家族だ。そう、鎌倉の父方の実家から会いに来てくれたのである。うってかわって今日の碧南は単身、けれどそれはそれでいいものだと思う。
　ひとりで予定もないというのは、それは逆に、色んな可能性があるということだからだ。
　ずっと『おひとり様』でもいいし、誰かと偶然、出逢えたとしたらそれもいい。
　誰かと――。
　ふっと碧南は想像した。特定の『誰か』のことを。

　目が覚めて、むくっとベッドから身を起こす。
　シーツがずり落ちて、そういえば裸であったと思い出した。
　真境名アリサはぐるりと周囲を見回した。見知らぬ部屋だ。
　ここどこだっけ、ああそうか。
　ホテルだ。といってもビジネスホテルとか観光ホテルじゃなくて、ラブホである。
　そういうことをするための場所。昨夜そういうことをした。まあまあだった。
　視線を落とすと、昨夜の相手がいぎたない感じで眠っている。髭がもっさりと生えており、髪も使い込んだ刷毛みたいにボサボサだ。
　昨日は夜桜見物でナンパされて、いい感じで酒も入ってたし、そのままＧＯしちゃったんだよね……。
　カクテルで茹だった頭だともうちょっと格好いいように見えた男だが、今はむしろご遠慮したいタイプにしか見えない。
　相手を起こさぬようそっとベッドから抜けると、アリサは手早くシャワーを浴びて着替え　一人部屋を出た。
　まだ服に夜の匂いが残っているような気がする。
　家に帰ったら、まずは着替えたい。

　カレンダーを眺める。
　とくに季節を感じない抽象画のカレンダーだ。どこでもらったものかは、忘れた。
　タイルみたいなものがちりばめられ、丸みを帯びた菱形が降り、道なのか伸ばした蛇なのか、にょろっとしたものが真ん中を通っている。
　これでも一応、タイトルは『春のおとずれ』らしい。
　まあ桃色と緋色が主体だから、そう言えんこともねーかなー。
　そんなことを酒浸朱蘭は考える。真っ赤なジャージ姿で。
　春の訪れということはつまり、もうじき朱蘭がこの島に来てから一年になるということだ。
　また、親友と知り合ってから一年になるということでもある。
　……今日はその親友に誘われているのだ。花見に。
　どうも彼女には、うまく操縦されているような気がしてならない。悪戯すればお仕置きされるし、甘えてみれば受け入れられるも、気がつけばお釈迦様の掌の孫悟空、なにをやっても一つ年上の彼女には勝てない……そんな一年だった。
「たまには振り回しつくしたいよなー……酔っ払いとしては」
　なので朱蘭は一計を案じた。

　鏡の前で服装をチェックする。
　今日は普段よりずっと、念入りにチェックする。
　ピンク色のゴシックドレスのレースは蝶の翅のように鮮やか、やはりゴシック調の日傘は美しいカーブを描くフォルムだ。
　緋紅朱赫乃にとっては普段のイメージから外れぬ格好、けれども、そこに込められた想いは日常通りではない。どこか、ドキドキする。
　理由はわかっている。確信はないけれど、多分間違いないと思う。
　――先輩と、会うから、かな。
　鏡を見返してくる少女が、頬を染めているのがわかった。
　少しだけ、薔薇の香水、使おう、かな――。
　鏡の中の少女が、はにかんだような笑みを浮かべた。

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