【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　もう夕方だ。
　嘉島和穂とクルト･エールヴァールは、連れだって木天蓼大学図書館から出ている。
「凄い勉強して肩凝った……」
　和穂はこきこきと首を鳴らしていた。けれど、と思う。
　――えへへー素敵な時間だったけど、逆に集中できたかな
　中庭のあたりを通りかかった。大きなビニールシートが敷かれ花見宴会が催されていたようだ。こちらもそろそろ撤収らしく、片付けが始まっている。
「大学内で花見かあ……」
　そういうのもありかも、と彼女が思った矢先、クルトが言った。
「……和穂ちゃんは、何か予定はあるか？　良ければ、付き合って欲しいのだが」
　ええっ！　和穂は息が詰まりそうになった。
　――これって神様からご褒美！？　レポートがんばったから、って！？
　和穂の返事は決まっている。
「えっ！　はい！　喜んで！」

　クルトは、夜桜を望むオープンカフェに和穂を連れていってくれた。
「あ、バーとかもテラス席があったりするんですね」
　まだ未成年ということに一抹の寂しさを覚えるも、それでも和穂は目をキラキラさせている。
　クルトが選んだのは、通りに面する二人がけのシートだ。
「夜桜と言うのも良いだろう。昼の弁当のお返しもある。好きな物を頼んでくれ」
「えっ、そんな！？　あんな弁当ですよ！？」
「俺は堪能したよ。さあ、遠慮はいらない」
　和穂が選んだのは暖かいオレ、クリームの上にひとひら、桜の花びらが浮いているというお洒落さだ。目の前にはライトアップされた桜、隣にはため息つくほど美しいクルト……そんなシチュエーションもあいまって、映画のワンシーンのように思えてくる。
　青空は見えないけどクルトさんの瞳のブルーが映えて綺麗――。
　ああ、夢なら醒めないでほしい。
「桜は良いな。日本の花、と言う感じがして」
　ぽつり、とクルトが言葉を紡いだ。
「やはり日本育ちだからかな。桜が一番好きだ。日本には四季があるからな。それぞれの食や風景を楽しめるのは、やはり良い。
そもそも……」
　しばらく一人で語って、話しすぎたと気がついたのか、
「……すまない。一人で話し過ぎたか。少し気分が高揚しているのかな。……桜のせいかな」
　柄にもなく空咳などして、クルトはいささか、頬を赤らめていた。
「そんなことないです。クルトさんのお話、もっと聞きたいです」
　と優しく言ってくれる和穂に、ついクルトは甘えてしまうのだ。
「そうか、なら、桜にこんな逸話があるのだが……」
　桜の話ばかりしてしまう――クルトは思った。自分でも驚いている。
　そこまで桜が好きだとは、自覚していなかった。
　自分が『好き』なのが本当に『桜』なのか、それを自問するほどの余裕は、彼のほうにもない。

◆　◆　◆

　もうすっかり夜だ。
　ジェレミア･ベルトーニはメモ帳をしまって、ぶらぶらと寝子島街道まで出てきた。
「ライトアップかあ……」
　ジェレミアはつぶやく。粋な演出だ。桜並木がすべて、白い光で照らし出されている。
　そうだこの辺りにも、とジェレミアは首を巡らせた。
　いたいた、ほどなくして見つけた。
　近所のボス猫君だ。毛は白一色、でっぷりした体を器用に丸めて、安心顔で桜の枝に寝そべっているではないか。大きな枝がその上にさしかかっており、まぶしくない様子である。
「お花見かい？」
　近寄ってジェレミアはボスを見上げた。
　にゅ、と猫は首をもたげて、『もちろんさ』とでも言っているような顔を向けてきた。
　見れば尻尾もゆらゆらしており、ご機嫌の様子だ。
　花見の高揚した雰囲気を猫も楽しんでいるみたいだね、そんなことを思うとまた、ジェレミアの足取りは軽くなるのだった。