【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　夜の星ヶ丘、ダークスーツに着替えた七峯亨は、ナイトドレスの矢萩咲の手を取った。
　月明かりと燈火に照らされた桜並木をエスコートする。
「凛とした御姿にドレスはまさに華で。第二幕も参りましょうか、お姫様？」
「まったく、相変わらずの気障な台詞だ。だがその台詞に乗ってやろうじゃないか、王子様」
　と強がるように言うも、咲は頬を染めている。

　いずれ劣らぬ華やかな容貌に服装、どうしたって人目を惹いた。それが気恥ずかしいのかいつしか彼女は、彼と腕をとりぴたりと寄り添って歩を進めている。
　ライトアップされた並木道をゆく途上、意外な友人と出くわした。
　彼女を表現する笑い声は「……んふふ」、擬音を使うのであれば「にちゃり」、夜の桜をバックにたたずむ、その立ち姿も妖しく美しく、そしてどことなく恐ろしい。いつであっても狂い咲き、彼女は、胡乱路秘子であった。
　秘子はなぜか制服姿、女性下着専門店の紙袋を抱いて、猫のように音もなく歩いていた。気配を消していたのか、すれ違ったその直後まで咲は彼女に気がつかなかった。
「胡乱路さん」
「おや、矢萩さん」
　秘子が振り返ると、ふわりと麝香のような匂いがした。
　咲は紙袋をさして、
「買い物の帰り？」
「いいえ、これはお土産です。女性、男性、それにおネエさんたちの集まる夜のお花見に招待されていまして」
　女性と『お姉さん』（咲が聞き違えをしたのも無理はない）がどう違うのか咲には今ひとつわからなかったがうなずいて言う。
「それはいいな。昼の桜も綺麗だがこの夜桜も味のある美しさだ。そう思わないか、胡乱路さん」
「そうですね。不思議と、夜のほうが活き活きしている花もあるようです。いずれにせよ、桜の見ごろは今日が頂点、あとは散りゆくばかりでしょう」
　散るという言葉を聞いたせいか、ふと寂しさが胸をよぎり、咲は思わず彼女の手を取っていた。
「……これからは会う機会が少なくなるだろうけど……それでも咲は胡乱路さんの友だ。この夜桜に誓うよ」
　急にドラマチックな行為に出たものの、はい、と秘子は深くうなずくのである。
「誓わずともわかっていますよ。でも今は、お邪魔虫を続けるのも無粋というもの。待ちぼうけの彼が困っているようですから」
　秘子は咲の手を一度握り返すと、結びを解いて白い手を振った。
「ではごきげんよう……んふふふふ……」
　そうして湿り気のある舌で唇を軽く舐め、秘子はまた、夜と桜に紛れるようにして姿を消したのである。
　亨は秘子に軽く会釈していた。不思議な人だな、といつも思う。
　一日の仕上げとしてカフェバーに入った。
　テラス席、注文は優しい香りの紅茶といくばくかの茶菓子だ。
「桜を眺めながら夜のティータイムというのも、なかなか趣があっていいな」
　咲はふふっと笑ったが、向かい合う亨は真剣な目をしていた。桜を、いや、桜を含めた夜空を背負っているように咲には見えた。
「桜は一日にして斯くも移ろうもので。俺達も、万事悉く常なりはしないのでしょう」
　戯れではない、真面目にそう考えている口調だと咲は思う。そんなときいつも、亨は丁寧語になる。
「然れど、それは終りでなく、続きの為の化粧直し……花の世は移りながらも、咲かす幹と根は泰然と。そうあり続けられるよう、精進しますね？」
　茶化す気はないし逃げを打つ気もない、咲は亨の言葉を、しっかりと心で受け止めた。
　数秒して、ふっと息を吐く。
「まったく……よくそれだけ言葉を乗せられるな。風流人の傾奇者め。だが、確かにずっと同じものなんてない……だけどお互いに咲き誇れる様に……これからもよろしくね、亨君」
　咲は、微笑していた。