【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　なんだかまっすぐ帰るのが惜しくなって、結城日和はオープンカフェに立ち寄っていた。
　桜のよく見える席に座る。向かいの席に革張りのケースをそっと置いた。
　注文はローズヒップティー、茶菓子には小さなクッキーを選んだ。アンティーク調のカップが興を添える。
　――桜の花は人気者ね。大変かもしれないけどまた来年も咲いてね。
　そんな日和に見られているからか、桜は恥じらうように花弁を散らした。

◆　◆　◆

　どうにもなじめない土地というのは、ある。
　アウェイ感というか、落ち着かないというか、場違いなところに迷い込んできちゃってゴメンナサイ感というか、たとえ人っ子一人いなくても、どうしても浮いた気持ちになってしまう土地だ。誰にもそんな場所はあるものだろう。
　真境名アリサにとってのそういうテリトリー、それが星ヶ丘だった。
　何度かここに来たけど、庶民のあたしはこのセレブ感には圧倒されるわ－。
　ただただ感想は、これだ。のんびり歩いているうちたどり着いてしまったアウェイの地、いつの間にかアリサは、やや早足になっていた。
　それでも桜は桜だ。眺めていると心が和む。
　長い坂を昇り、下ったところにその店はあった。
　洒落たオープンカフェ、フランス映画とかに出てきそうな。
「ちょっと高そうな店だけど……自分へのご褒美よね。このところ色々大変だったし」
　よし、と決めてアリサは店の、桜並木に面した席に座ったのである。
「セレブは何を飲むのかな、こういうとき……？」
　ま、ブレンドコーヒーでいいか、とアリサは思った。贅沢にもケーキセットにしてみよう。

◆　◆　◆

　桜川を離れるころには夕方だった。
「ねえ、あれ」
　と城山水樹が口にしたときには、もうヒュー･ヒューバートは意図を理解している。
「うん、乗ろうよ。観覧車」
　海浜公園から目と鼻の先には、名物といわれる大観覧車があるのだ。
　乗る場所と降りる場所が同じ、平面でとらえるならほぼ移動ゼロ、どこにも行かない乗り物だけれど、観覧車には人の心、とりわけ恋人たちの心をとらえるものがある。
　水樹とヒューがこれに乗るのはホワイトデー以来だった。
　ゆっくりと観覧車は上昇をはじめた。それこそ止まっているのかと疑うほどの速度だが、ちょっと足元を見てまた外に目をやると、随分と高みに昇っているのがわかる。時間の流れと同じだ。止まることはない。
「もうすぐ頂上だね」
　水樹は笑顔を浮かべていたが、少しずつそれが、しぼんでいくのを自分でも理解していた。
　観覧車を降りたら、またしばらく会えなくなる。
　ヒューは明日から、海外への撮影に出かけるのだ。
　この高さにはもう桜はない。見下ろした位置に、幻みたいなピンクがあるだけだ。
「また来年も、この島で二人で桜を見にいけたらいいな……」
　そう告げると水樹は、自分からヒューに、のしかかるようなキスを与えた。ヒューも応じる。舌と舌を絡める。
　温かいのは、互いの呼気のせい。
　閉じた彼女の瞳からひとすじ、涙が流れた。
　涙は、彼が指で拭ってくれた。