【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　オープンカフェが模様替えを終えた。
　バータイムが始まったのだ。
　メニューと照明が変わっただけ、なのに、一変したように感じるのはなぜなのか。

　オーマ･トンノはなにも言わない。何の反応も示さない。
　だが気になるのだろうか、首を動かして店と、目の前の桜を見比べていた。ライトアップがはじまり、ほの白い光が夜桜を飾った。
「お酒とカフェが同時に飲めるお店があるからいってみようよ」
　そう言って刻人･F･ミセリアが、桜並木を一望できる場所に席をとったのだった。
　自然、オーマは刻人の隣に座ることになる。
「珍しいかい？　こういう店に来るのが？」
　返事をする気もないようで、オーマはメニューの写真を凝視していた。
「珍しいといえば、星ヶ丘エリアまで足を運ぶことも珍しいよね？　でも、星ヶ丘のほうにもろっこん絡みの事件が起きることもあるんだよオーマ……ってこんな時間になったらそろそろ無粋か」
　ふふと黒みのある含み笑いをして、刻人はウェイターを呼んだ。
「オーマは……ああ、これね。桜色の日本酒」
　オーマの指さすものを理解して、刻人はウェイターに告げる。
「僕は」
　と言いかけたところで、刻人の言葉を遮るようにしてオーマはウェイターに携帯の端末を示した。
　文字が入力されている。
『彼は未成年ですのでもっと甘いものを』
「ああ、こちらは日本語が読めるし書けるけど喋れない設定でね……あ、いや、設定という言葉に深い意味はないよ」
　意図的に言い間違って刻人は口元を歪めた。オーマは無反応だ。
　そうして運ばれてきたのは、日本酒のグラスと、うんと甘いノンアルコールカクテル。
「ま、僕は未成年だからこれでいいのさ」
　刻人は乾杯するようにグラスを上げたが、オーマは応じなかった。
　一口含んだ刻人は、「げっ」という顔をしていた。
「……って甘すぎるよこれ。シロップを直接飲んでるみたいだ。まさかオーマ、これ、昼間の仕返しのつもりかい？」
　オーマはなにも言わない。
　ただ、今ごろ乾杯に応じる気になったのか、自分のグラスと刻人のグラスを軽くぶつけた。

　南戸河蔵人もふらりと、このカフェを訪れていた。
　ぶらぶらと歩いているうち、空は夕方から夜へと移りつつあった。
「日も暮れてきた。こうなると夜の花見、つまり夜桜というわけだね」
　なんだか風流人になった気分である。そうして彼はちょっと贅沢して、小洒落たカフェバーに入ってみたのだった。歩いて暑くなってきたので、うっすら冷房がかかった店内カウンターに陣取っている。
　店内でも心配御無用、桜はいい位置に望むことができた。
「月明かりに照らされた桜も、昼とは違った顔を見せてまたいいもんだね」
　蔵人が呟いたのは独り言だったのだが、女性のバーテンダーは話しかけられたと思ったのか、
「そうですね」
　と応じた。
「ご注文は？」
「ええと……」
　男装の麗人、といった雰囲気のバーテンダーだ。ソバージュにした髪、切れ長の瞳にどきどきする。
「私は辛い酒も好きだが、甘い酒も好きなのさ。ビールだけは合わないけど……という訳でそんな感じのカクテルを、一つ。よろしく」
　少々無茶振りかと思ったが、「承知しました」とバーテンダーは応じた。
「桜花入りのモヒートです。白ワインをベースに桜リキュールと、クランベリージュースを軽くステアしました」
　そっと出されたトールグラスの中身は、なるほど小さな桜の園だ。
「いいねえ。素敵な雰囲気だ」
　どうせなら甘い雰囲気とかも味わいたいもんだ、とバーテンダーに店の看板時間を尋ねてみようかと一瞬思ったが、酔客の戯れとかわされそうだったので、やめた。
　ま、まずはこの夜空の月と桜に乾杯といきますか。
　グラスを傾ける。
　屋形船の賑々しさと違ったこういう空気もいいものだ。
　三十路に入ったせいか、こういう落ち着いた雰囲気もわかる様になってきた――そんなことを蔵人は思うのである。