【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　前頁と同じく図書館、ただしここは大学の図書館だ。
　リノリウム床の市民図書館とは違う。広くて静かで絨毯敷きで、とても格調高い。本棚はすべて木の匂いのするオーク材、自主学習用の机も同様だ。
　春休みゆえか人はまばらで、司書もなんだか退屈そうにしている。外は良い天気なのに不本意だ、とでも言うかのように。
　嘉島和穂がここにいるのも、いささか不本意な事情による。教授から課されたレポート作成のため、資料集めに来たのだった。古い文献から最近の統計データまで、色々駆使することを求められていた。
　分厚い本数冊を抱えるようにして運ぶ途上、和穂は見知った姿を見つけた。
　視界の隅にちらりと引っかかった髪の色……ダークブロンドを追ってみると、案の定、
「……クルトさん！？」
　クルト・エールヴァールだった。英語の書籍を手にしている。迷わず声をかけた。

「あっ、こ、こんにちは！」
「偶然だな。和穂ちゃんも勉強か？」
「わ、私はレポートに詰まって……クルトさんは資料探しですか？」
「ああ。今日は天気も良い。勉強日和だな」
　なぜ天気が良かったら勉強日和なんだろう、とうっすらと思うも、和穂は早口で続ける。
「クルトさんは予定とかあります？」
「しばらく図書館にいるつもりだが……」
「そ、それならっ！」
　思わず甲高い声が出て、あっ、と和穂は自分の口を押さえる。図書館ではお静かに、そんな指摘をされる前に心のボリュームを絞ろう。
「それなら、ご一緒しませんか？」
　恐る恐る和穂が問うと、構わない、とクルトは言った。
　数分後。
　――調べ物どころじゃないっ！
　頭から湯気が出ているのではないか、和穂は思わず、自分の頭上を見上げてしまう。
　図書館の隅に並んだ机で隣り合って勉強だなんて、なんだか少女漫画みたい！
　ううっ、隣に座ってるってだけでどきどき緊張する――自分で言い出したことなのに、ペンを持つ手が震えそうだ。
　でも、出来ない子とは思われたくない。だから和穂は歯を食いしばり、高鳴る我が胸の鼓動が彼に聞こえぬよう、祈りながらペンを走らせるのだった。
　図書館は静かだ。静かすぎるほどに。

　見上げた柱時計は、正午を10分ほど回ったところだった。
「そろそろ昼か」
　独り言のように告げたクルトの声を聞くや、
「あの」
　和穂は提案していた。
「私今日はお弁当……なんだけど、テラスで食べたりしません？」
「和穂ちゃんが作った弁当なのか？」
「はいです！　単に一人暮らしだから節約して、ってやつなんですけどね。よろしければ分けますので」
「ありがたい話だが、一人分だろう？　足りなくなってしまうのではないか」
「なんていうか……たらふく詰めてきましたので。余るくらい……たぶん」
　クルトは眼鏡の位置を直した。せっかくの厚意を無下にもできない、と彼は思った。
「……そうだな。なら頂いても構わないか？」
　他の人なら断ったかもしれない。でも和穂の手料理には興味があった。
　桜を眺めながテラスで弁当を広げる。『たらふく』というのはあながち間違いではなかったようで、どしんとした弁当箱には、フライや卵焼き、ざっとまとめた野菜炒めが詰まっている。ご飯の量も少なくない。
「家に置いたままにすると傷むので……あ、あと、なんだか地味なお弁当で恥ずかしいです……」
　言い訳するように和穂は言う。実際、派手な弁当ではなかった。昨夜の残り物主体で手堅くまとめただけのものである。
「ちゃ、ちゃんとしたときにはちゃんとしたお弁当、作りますよ、ちゃんと……」
「いや、美味そうだと思うよ。地味というより、家庭的だと思う」
　クルトは相好を崩していた。こういうのは、嫌いじゃない。