【修了式】ラストスパートは華やかに｜リアクション

【修了式】ラストスパートは華やかに

二年六組
　柔らかい陽光を浴びながらロベルト・エメリヤノフは雑巾で窓を拭いていた。動作は遅く、微笑みを浮かべた表情で頻繁に手を止めた。

　――あー、一年が経つのってあっという間だな。思えばいろんなことがあったね。
　ゆっくりと手を動かす。表情が真剣味を帯びた。
　――この一年は楽しいだけじゃなかった。転科したくなったこともあった。自信が揺らぐことが多かったよ。
　窓を拭く手に熱が籠る。頼もしい笑みが自然に浮かぶ。
　――でも僕はこの道を進むんだ。通知表の成績は悪くなかった。四が多くて五もあった。
　来年になったら受験生だ。今以上に頑張ろう！　目指すところに現役合格したいからな！
　留学する友達のことを考えると、僕だって、っていう気持ちになれるしね。
「今は窓拭きを頑張ろう」
　窓に顔を寄せる。一部に汚れが付いていた。力を入れて擦っても取れない。ロベルトは窓を半開きにした。腕を回して外側から拭くと綺麗になった。
　開いた窓から遠くを眺める。生徒の姿が見えた。その中には綺麗な横顔をした男子もいた。自然と口元が緩くなる。
　――理想の美少年を見つけたのに、手に入れられなかったな。
　相手に嫌な感情はもたれていないけど、僕の考える理想の関係ではないんだよね。
　最後の年に、なんとかして美少年ハーレムの基礎を作らなければ！
　爽やかな笑顔でロベルトは雑巾を固く握り締めるのだった。

　掃き掃除をしていた呉井陽太が背筋を伸ばす。腰の辺りを軽く叩いた。目を細めて教室内を眺める。
　――今日で二年六組とも、お別れかー。
　それにしても最後まで小日向先生は元気だねぇー。

　陽太は目を細めてのんびりとした様子で立っていた。小日向つばめが全力で横切る。ワンピース姿で雑巾掛けに励んでいた。
「いい運動になるね」
　つばめは立ち上がる。首に巻いていたストールで顔の汗を拭いた。目にした陽太は心の中で突っ込んだ。
　――ストールはタオルと違いますよー。
　んー、それと小日向先生とは何かとご縁があったし、お礼も言いたいし。その前に、大掃除に加わっている理由も聞いておこうかな。
　陽太は箒を持った状態でつばめの元にいく。
「小日向先生、ちょっといいですか」
「いいけど、先生のスリーサイズは秘密だよ」
　アヒルに似た口で得意気に言う。陽太は細めた目で対抗した。
「それも気になりますが、今の関心はそこではなくて、どうして小日向先生が生徒と一緒に大掃除をしているのですか」
「あー、そこ。そこなのね。もちろん、記念写真のためよ」
「本心ですか？」
「修了式の一大イベントと言えば、もちろん記念写真よね」
　後頭部に結い上げたお団子が陽気に揺れる。
　陽太は何か言いたげな唇で、そうですか、と言った。
　――清掃の意味はないんですねー。
　二人の会話を耳にしたロベルトが笑顔でやってきた。
「記念写真に僕も入れてください」
「歓迎するわ。皆で面白い写真を撮ろうね」
「面白い写真ですか」
　言いながら陽太に目を向ける。両方の掌を見せて僅かに首を傾げた。相手の反応に合わせてロベルトは軽く頷いた。
　つばめの行動力に引っ張られ、大掃除は信じられない速さで終了した。
「皆、集まってー。記念写真を撮るよー」
　疲れ切った表情の生徒達がぞろぞろと集まる。目の当たりにしたつばめは楽しそうに笑う。
「ちょっと面白そうな一枚が撮れそうね。ロベルト君は、そこね。陽太君は、その隣がいいわね」
　てきぱきと指示を与えるつばめにロベルトは一礼した。
「六組の担任が、小日向先生で本当に良かったと思っています。ありがとうございました」
「改めて言われると、なんか照れるね」
「オレも小日向先生にはお世話になりました。先生のクラスは実家のような安心感があって、三年生も担任をお願いしたいくらいです」
　陽太の言葉に、うんうん、とつばめは頷いて顔を寄せてきた。
「実家のお姉さんみたいな感じなのよね」
「……はい、そうです」
　陽太は内心で胸を撫で下ろす。
　――母親に例えなくて正解だねー。
「あと先生が撮った写真は元気を貰えるので、また見せてください」
「じゃあ、記念写真は元気が貰えるものにしないとね！」
　細かい指示のあと、二年六組の写真は撮られた。

　ロベルトは教室を出る直前に陽太に声を掛けた。
「僕は美術部の掃除が終わってから、カラオケに合流するよ」
「オレも用事を済ませて向かうんだよぅ」
「じゃ、またあとで！　来年も同じクラスだといいね」
「そうだねぃ」
　二人は笑顔で別れた。

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