【マジに酒が原因かよ……】

　そろそろレパートリーも尽きてきたのか、しばし考え込んでいたジンでしたけれど。
「えーっと、ボックンあとなにに変身できたっけ……えーっと、えーっと。あっ♪　あったもーんっ」
　そのうちぼわんっと、巨大サソリに変身！　ずががががっとファ・ルーへ迫ります。
「ふぁるるるるっ。いい加減にあきらめるネ、悪戯坊主ー！」
「うるさいうるさいうるさいもーん、ボックンあきらめない！　あきらめないもーーーん！！」
　８本の足をがっしゃがっしゃと動かしながら、サソリはルーをハサミでばちん！　尻尾でどかん！　と攻め立てます。
　けれどここでも大活躍、ぱん打拳法！
「マップタツになっちゃえ～！」
　とふりかざすハサミには、
「ほっ！　はっ！」
　ひらり、ひらりっと紙一重で回避。
「よっ、よけるなぁ～っ！　それなら、しっぽでクシザシにしちゃうもんねーっ！！」
　しゅばっと素早い動きの尾針にも、
「ていっ！　ほあっ！」
　気脈を読み、際どくギリギリエスケープ！
　さらには、すごいイキオイで攻撃を避けまくるルーの妙技を、恵御納 夏朝が援護します。

「今度こそ、僕のろっこんで……！」
　夏朝はぺたんとねこシールを自分に張り付けると、自分の身体を軽くして、瓦礫に飛び乗り大ジャンプ！　空中からよーく狙いを定めて……ねこシールを、射出！
　風のけものには吹き飛ばされてしまったシールも、ジンが変身したサソリのかたいカラにはぺったん、ばっちり張り付けることができました。
　かくして、
「ぶぎゃ、お、重っ！？　からだがおもーいっ！？　う、うごけないんだもん……」
　巨大サソリはあっけなく、べたんっと地面に這いつくばってぴくぴく。動けなくなってしまいました。
「……！？」
　びゅんびゅん、風を切る音にサソリジンがそちらを見てみますと……２本の紅磨箸をひとつに接続し、長大な棍となったそれを華麗に振り回す、ルーのお姿がありました。
　ルーは、びしっ！　ひとつカンフー的なカッコイイポーズをキメまして、
「パンダが可愛いだけじゃなくて獰猛な熊だってこと、教えてあげるヨ！！　あいやーーーーーーっ！！」
「きゃーーーーーーっ！？」
　渾身のイッパツ、ぱん打拳法の真髄が炸裂して、どっかーん！！　見事変身は解け、ジンはぼてぼてと砂の上を転がったのでした。



　お箸をぶおんぶおんと振り回すルーに、戦輪を構えた夏朝。それに冒険者たちがぐるりとジンを取り囲み、じりじりじり。
　変身のレパートリーはどうやら完全に尽きたようでして、ジンは小太り子どもなおじさん顔のまま、
「ひーっ！？　くっくっ、くるなー！？　ボックンに何すんだー、ばかちんがー！」
「さぁ、オシオキの時間アル！」
「ちゃんと反省しなさい……！」
「びゃーーー！？」
　とまぁ、気の良い冒険者たちのこと。ちっこいジンをよってたかってリンチにしようなどというつもりはなくて、それは半ばポーズではありましたけれど……少なくとも悪戯坊主には、効果てきめんであったようです。
「う……う」
「「う？」」
「……うわぁーーーん！！　ぶわぁーーーん、ぎゃぁーーーん！！」
　つんざくような大声で、滝のような涙を流しながら、ジンは泣き出してしまいました。
「ぬぁぁーーーん、ごめんなさぁぁぁーーーい！！　ボックンもうしない、もう悪いことしないからぁ、ぶたないでぇぇぇーーー！！」
「まぁまぁ。そのくらいにしといたらどうだい？」
　見かねて助け船を出したのは、鎌八 まもる。まだ全身砂まみれなのはさておきまして、彼はジンへと手を差し伸べ、ぱちりとウィンク。優しく問いかけました。
「ジンちゃんは何だって突然、シムーンとやらを操って街に吹かせたりしたんだい？　何か理由があったんだろう」
「そうよ、原因は一体何なの？　あなたって本当は、悪い精霊じゃないって聞いたわよ」
　気になっていたのはもちろん、まもるだけではありません。お姉さんっぽく言ったアリス・ミーティアや、
「もしかして、このオアシスに何かあるのでしょうか？　箱や、ランプか何かに閉じ込められていて、おかしくなってしまったとか」
　くりん、と首を傾げたプリムローズ・ブライト。それに、メリィ・ランページや八神 修といった面々もまた、同じであったようです。
「ねえ、おまえはどうしてこんなイタズラをしたの？　あたし、知りたいんだよね。おまえ、本当は悪い子じゃないんでしょ？」
「悪いようにはしない。話してみてはくれないか？」
　唐突な変化にはやはり、原因があるのでしょう。ジンはもじもじとしながら、ときおりひっく、ひっくとしゃくりあげつつ、
「そ……そーだった。ボックン、なんであんなヒドイことしちゃったんだろ？　あの時から、ボックンあたまがぼやーっとして、ぐるぐるーってなって……」
「あの時？」
　ぽつぽつ、語り始めました。
「ボックンあの日、旅人さんをちょっとおどかして楽しませてあげてから、お水をあげて、街まで道案内してあげて……オアシスに戻ってきたら、ヘンなのがおいてあったんだもん」
　それは、黒い液体の入った小瓶のようなもの、だったといいます。
　忘れられたオアシスというだけあり、普段は人の立ち入らない場所であり、誰かがやってきたり何かを置いていったりなんて、そんなことも滅多にありません。時折迷いに迷った旅人が、喉の渇きにあえぎながらやってきて水を飲んでいくくらいなのです。
　だというのに、まるっきり子どものようなジンはそれを怪しむこともなく、
「ボックン、旅人さんがお礼に置いてってくれたんだぁ、やったー！　って思ってそれを飲んだら、あたまがぐるぐるぐるーってなって。だってボックン、黒ビールだと思ったんだもん！」
「それで酔っぱらっちまってたってか？　マジに酒が原因かよ……」
　グレッグ・グロッグが額を押さえて首を振りました。隣ではワイバーンのランドルまで、はふぅっとため息みたいな吐息をついております。
　もっとも、あのゴム矢での頭頂部へのイッパツが効いたのか、はたまた冒険者たちにどつかれたからでしょうか、今はその影響もすっかり抜けてしまったようです。竜巻の中、邪悪な笑みを浮かべていたジンの顔が、無邪気な子どものよう……いえ髭の生えたおじさん顔ではありますけれど、少なくともお目目はきらきらと澄んでおります。
「なんか、ヘンなお酒だったんだもん。まるで、影がどろどろに溶けたみたいな……」
「……影……？」
　そんなものを飲んでしまうのもどうかと思いつつ、夏朝の脳裏に思い浮かぶのは、この星幽塔で幾度も目にしてきた、あの奇妙な黒い影。仲間たちもまた、同じものを思い浮かべたかもしれません。
「ここでも影か。手広くやっているようだな……とはいえ今は、正気に戻ったんだろう？」
　といってジンの前へと屈みこんだ修が差し出したのは、パッキーです。この時のために、彼はばっちり用意しておいたのでした。
「悪戯するにも、相手がいるからな。楽しくて嬉しい悪戯なら人も喜ぶし、君だって嬉しいだろう」
「……うん。ごめんなさぁい……ボックン、反省してるもん」
　修が笑ってぽむっと頭に手を置くと、ジンもにかっと笑みを浮かべます。やがて笑いは冒険者たちの作る輪の中へ、すぐにも広がっていきました。



「こっちこっち、こっちなんだもーん♪」
　ふわふわと浮かびながら先を行くジンに続いて、冒険者たちは忘れられたオアシスの奥へと進みます。
　崩れかけの家々には、この第七階層における昔の生活が垣間見えて、水上 桜は興味深くそれらを眺めつつ、ジンの小さな背中を追いかけます。
「ねえ、どこまで行くの？」
「ここ、ここ！　ボックン目が覚めたから、みんなにお礼するんだもーん！　ぜぇーんぶ、持ってっていいよぉー？」
　ぴたりと止まったジンが指差すほうを見て、桜は目を丸くしました。仲間たちもみんな揃って、びっくり仰天です。
「う……嘘ーーーっ！？」
　何しろそこにはぴかぴかきらきら、まばゆく輝く金銀財宝が、ざっくざく！　おまけに星の力を帯びているのでしょう、不思議なアイテムたちがこれでもかと、山積みなっていたのですから……！