ねこ温泉郷の三日間｜リアクション

ねこ温泉郷の三日間

　湯上りほっかほかの体を春陽のにおいのするふっかふかなタオルで拭き、糊でパリパリの浴衣で包み込む。ねこ温泉郷を経営するねこたちの仕事なのか、人間用の宿舎で時折バイトしているという日暮の仕事なのか、宿舎に寝泊りする人間の従業員用に貸し出される浴衣やタオルは意外としっかりしている。
「ほかほかー」
　いいお湯だった、と思わず零れた息までが温かくて、由貴奈はくすりと口元を緩めた。　
　洗い髪を乾かすのもそこそこに、浴衣に羽織り姿で脱衣所を出る。
(さ、)
　次にやることは決めている。
(ねこちゃんたちを喜ばせるために料理作らなきゃね)
　女子会だろうがお泊り会だろうが、ひとところにみんなで集まるとなれば、夜が長くなることは必至。
(ねこちゃん用とー、)
「……ん？」
　考えて伏せかけた睫毛を上げれば、お隣、男湯用の脱衣場の暖簾を分けて、丁度出てきたらしい衛が元から大きく丸い瞳をますます大きく瞠っている。
「うーちゃん」
「う、あっ、はいっ」
　真っ直ぐに見たかと思えばぎこちなく視線を逸らし、かと思えば気になって仕方なさそうにちらちらと見、近づきたいのか距離を取りたいのか、どうしようもなくそわそわとした仕草を見せる衛に、由貴奈はちらりと首を捻る。
「うーちゃん？」
「由貴奈さん、この後はどうするんですかっ」
「うち？　ねこちゃん用とうちらの夜なべ用にお菓子作ろうかなって」
　乾ききっていない髪からうなじに滑り落ちる水滴を手にしたタオルで拭き取り、由貴奈は屈託なく笑む。
「なるほどっ、夜食ですか」
「うーちゃんも手伝ってもらっていいー？」
　おっとりと問えば、力強い首是が返ってきた。
「いいですよー！　細々としたお手伝いは得意なんです！」
　肩を並べて歩き出しながら、衛はまたちらちらと由貴奈に視線を投げる。ぶしつけになりはすまいかと思いながらも、それでも目が離せなかった。離したくなかった。　
「由貴奈さん、それ」
　喋っていなければもうどうしようもなく見つめてしまいそうな気がして、衛は由貴奈の湯上りの体を包むシンプルな浴衣を示す。
「ん？　浴衣？」
　折角温泉に来たのだからと貸し出し用の浴衣を纏ってみたのだけど、
「どうかした？」
「いやー……」
　ひょいと覗き込めば、衛は逃げるように視線を逸らした。頬だけでなく耳や首筋までが赤いのは風呂上りだからか、それとも他の理由からか。
「……んー？」
　えへへと照れ笑いする衛に、由貴奈は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「なるほどぉ、今日はむっつりうーちゃんなんだねぇ」
　にやにやと人の悪い笑みを向けつつ、濡れ髪を適当にまとめて軽く結わえる。
「む、むっつりって、」
　浴衣のおねえさんが無意識なのかそうでないのか、ともかくも醸し出す色気に惑い、衛はぐぬぬと言葉に詰まった。詰まって後、
「……そーですよー、男の子なんで！」
　不貞腐れ気味に開き直る。足早に由貴奈の前に回り込み、両手を腰に当てる。頬を真っ赤にしたまま、
「とってもいいと思います！」
　全身全霊、力いっぱいまっすぐに褒めたたえられてしまえば、
「っ……うーちゃんは、」
　今度は由貴奈が顔を赤くする番。それでも何とか、反撃はする。
「うーちゃんは、かわいいねぇ」