ねこ温泉郷の三日間｜リアクション

ねこ温泉郷の三日間

　因リクエストなほうれん草のキッシュに智瑜リクエストな菜の花とアンチョビのパスタ、クレオリクエストな『大人っぽい食べ物』、
「……大人っぽい、ねぇ……」
　きゃあきゃあとはしゃぎながらキッシュとパスタをどこかへ持ち去る少女たちの背中を眺めながら、厨房の主な亨は首を捻る。昨晩は大部屋で映画鑑賞会とコイバナ大会、明けての今日は昼過ぎまでみんなでごろごろして後、それぞれ好き勝手に起き出しては温泉を楽しんだりねこ温泉郷で猫と戯れたり、自由に過ごしているらしい。
　少し待っていてとクレオに告げ、亨は調理に取り掛かる。
　苺にオレンジ、キウィに林檎にパイナップル、目についた果物を片端から細かく刻んでシロップと和え、涼し気なガラス椀に盛りつける。取り分け用の硝子カップをいくつか盆に乗せ、添えるのは無糖ソーダ水。
「食べる直前に掛けるといい」
「キラキラして綺麗ね」
　嬉しそうに笑う少女にフルーツカクテルを持たせて送り出してしまえば、昼下がりの厨房は途端に静かになった。
(てんやわんやも宴の醍醐味、ってところだろうかねぇ)
　調理の後片付けをしながらも、亨の口元は楽し気に笑んでいる。
「食事は自分で作るのだっ！？」
　しばらくは静かになるかと思えば、今度は真央が悲鳴じみた声と共に飛び込んできた。空きっ腹も空きっ腹な少女は、亨が止める間もなく、作業台の上に放り出されていた胡瓜を掴み、豪快に食べ始める。
「塩だけでもどうぞ」
　野良猫のような少女の傍に塩の皿を置いてやり、亨は次の料理にと準備していた煎り大豆も一掴み、椀に入れて傍に置く。
「ありがとなのだ。あ、これうまいのだ」
　炒っただけの大豆をもりもり食べる真央に笑いながら、残りの煎り大豆には甘辛い味噌を絡める。それも一掴みほど真央に提供し、次に作るは夜食にもなる作り置きの焼き菓子。
「ふぅぅ、小腹を満たせたからやっと料理にとりかかれるのだ～」
　焼き菓子用の生地を作る亨と並び立ち、真央が作るは甘くない出汁巻き卵に塩昆布やツナマヨのおむすび、漬物にきんぴらごぼうに鶏の照り焼き。
「手慣れてるな」
「伊達に猫鳴館に住んでないのだ！」
　明るい声につられてか調理の匂いに惹かれてか、今度は人形のルヴィアを片手に抱いた刀がひょこりと顔を出した。
「よう」
「おう」
　以前、露天風呂での裸の付き合いもある男子ふたりは短く挨拶を交わす。
「刀ちゃんもハラヘリなのだ？」
　空っぽになった炊飯器を洗い、新しいお米を入れて軽快に研ぎながら真央が問う。
「あ、米切れてるのか」
「また炊くのだ！」
　ルヴィアをカウンターの隅に座らせ、刀は冷蔵庫から卵を取り出す。米が炊き上がるまで、卵焼きと漬物を準備しよう。
(おにぎりと卵焼きと漬物、お茶があれば完璧だよな)
　刀の調理を眺めながら、真央は出来上がった料理を冷まし、戸棚の奥に見つけた重箱に隙間なく詰める。同じく見つけた保温水筒に熱い味噌汁を用意して入れれば、
「お弁当準備完了なのだ！」
　大きなお弁当を風呂敷に包み、大きな水筒を肩からさげる。
「今日は夜桜見物するってグレちゃん……日暮ちゃんが言ってたのだ！」
「俺もこれ持って後から行くよ」
　おにぎりの具になる梅干しから種をぬいたり塩昆布を出したり塩鮭を焼いたりしつつの刀の言葉に、真央は大きく頷く。
「亨ちゃんも来るといいのだ！」