ねこ温泉郷の三日間｜リアクション

ねこ温泉郷の三日間

　映画鑑賞会やコイバナ大会で大盛り上がりの大部屋を、因はスッと抜け出した。誰にも見つからぬままに向かうは、宿舎の大露天風呂。
　殺風景な廊下の奥、形式的に『男湯』と『女湯』に分けられた脱衣場への暖簾を見つけ、因はふわりと膝上を覆うスカートを見下ろす。人気のない深夜の廊下を注意深く見回し、暖簾の向こうに人の気配がしないか耳を澄ませ、『男湯』の暖簾を潜る。
　髪を結うリボンを解き、華奢な体に纏わせた黒いワンピースを脱ぐ。
　現れるのは、細身の少年の裸身。
　大股に脱衣場を過ぎ、身を清めて湯船に沈める。
「あー疲れた……」
　白濁した熱い湯に浸かれば、腹の底から素の声が湧いた。
(どいつもこいつもよくあんな元気でいられんな……)
　細いうなじを滑る水滴を掌で乱暴に拭い、薄紅の瞳をぎゅっと閉ざす。掌にすくった湯で顔を洗えば、恐怖映画に可憐な悲鳴を上げていたとは思えない、どこか不貞腐れたような少年の顔があらわになった。
「やっぱ慣れねーことするもんじゃねーな」
　『呪いのニャー』は初めて見たものの、正直怖くもなんともなかった。最後の最後のこんの悪戯にはほんの少し驚いて一瞬だけ素が出てしまったけれど。くすり、因は笑う。
　何の悩みもないかのように、みんなできゃあきゃあと騒いで遊ぶのは、
(……ま、たまにはこーゆーのも悪くねーのかな)
　長い息を吐き出して湯に顎まで沈もうとして、因は背後に聞こえる足音を耳にした。まとめた濡れ髪を震わせ振り向けば、因の少女じみた姿にぎくりと足を止める亨の姿。
「目を瞑れ」
　厨房での仕事をひと段落させ、温泉に浸かりに来た亨が何か口にするよりも先、因は鋭い声を掛ける。
　言われるがまま、じっと佇んで目を閉じる亨の脇を因は素早く駆け抜けた。
「……っと」
　少女の姿した人物の軽い足音が遠ざかり、亨はそっと瞼を開く。首を捻り、頬を引っ掻き、結局は追わずに湯船に身を沈める。
　心を落ち着かせ、湯から上がった亨が廊下に見たのは、
「うふふ、似合いますかぁ？」
　浴衣の華奢な肩に濡れた髪を垂らして嫣然と微笑む少女。
　狐に化かされたように、幻影を見たかのように呆然とする亨に向け、因は小悪魔じみてつりあげた唇に人差し指をそっと当てた。