異世界からの迷い人｜リアクション

異世界からの迷い人

　旧市街の通りにアリス・ミーティアの姿があった。白いワンピースに青色のコートを羽織っていた。水色の瞳と同色の長い髪が、それとなく周囲の目を引く。
　――私の髪の色って珍しいのかな？　耳や翼は隠れてるからいいけど。
　物怖じしない大胆さで、すっかり周囲と馴染んでいた。堂々と道なりに歩く。
「あれは猫？」
　道端に置かれたベンチに黒猫が蹲っていた。大きな欠伸のあと、やおら地面に飛び降りた。アリスの方をじっと見て、脇道へと入っていった。
　――二足歩行の猫なのかな。
　少し足を速めて脇道へと踏み込んだ。先の方を黒猫がのんびりと歩いていた。気配に気付いたのか。後ろを振り返る。アリスは立ち止まって人懐っこい笑顔を見せた。
「私はアリス。言葉、わかる？」
　黒猫は動かない。黙って見詰めている。アリスが一歩を踏み出すと身体を震わせて走り出した。
「あ、待って！」
　逃げる黒猫を反射的に追い掛ける。角を曲がったところで勢いは失速した。とぼとぼとした歩きで周囲を窺う。
「また、会えるよね」
　明るい声で気分を切り替えた。アリスは正面の石段を軽やかに上っていく。
「赤い門！？」
　神社の鳥居を目にして身構えた。
　――またヘンなところに飛ばされたりはしないよね？
　鳥居の中程の空間を睨み付ける。口を引き結び、思い切って走り抜けた。
　周辺に変化は見られなかった。
　――BARの給仕だけじゃない。たまには冒険者で、カンを磨いているもんね。
　可愛らしい表情に、ほんの少しの威厳を込めて奥へと向かった。
「大きな家だけど、どうしたら……」
　拝殿を前にして急に落ち着きを欠いた。探し求めるような動きがピタリと止まる。ぶら下がっていた鈴の緒の上部に目をやった。
　――あの紐を揺さぶったら、あの金色の物が音を鳴らして、家の人に知らせてくれるんじゃないのかな。たぶん、そう。冒険者のカンよね。
　アリスは鈴の緒を両手で掴んだ。左右に振り始める。
「やっぱりね！」
　ガラガラと鈴が鳴る。いつまでも振り続けた。拝殿の扉は開く気配がない。
「すいませーん、誰かいますかー」
　気配は背後で感じた。アリスは鈴の音を控え目にした。
「ねー、アリサー。あのガラガラで誰かくるの？」
「玄関のチャイムじゃないんだから、誰も来ないわよ。儀礼的にやるもので、もちろん、あの扉も開くことはないわ。人が拝殿に住んでるわけじゃないからね」
　鈴の音が止まった。アリスは妙に強張った笑顔で背後に目を向ける。少し呆れたような表情の真境名アリサが立っていた。傍らにはキャスケットを被ったメリィ・ランページが黄色い瞳を輝かせている。
「あ、あの、もう終わったので、どうぞ」
「誰も来てないのに？」
　メリィは不満そうな顔で返した。
「玄関のチャイム？　とかではないから人は来ないよ」
「えー、さっき言ってたじゃない。『すいませーん、誰かいますかー』って」
「そんなこと言ってないよ！　気のせいだから！」
　少し頬を赤らめたアリスが大股で来た道を引き返す。違うんだから、と何回か振り返って叫んだ。
　目にしたアリサが呟く。
「今日は、ほしびとによく会うわね」
「そうなの？　でも、なんかわかる気がするー。こーんなに大きいと誰かいそうだもん」
　メリィは両腕を広げてクルクルと回る。アリサは拝殿を眺めて、ふーん、と素っ気ない。
「大きくても住み易いとは限らないわ。暖房費が高くなりそうだし」
「えー、広くていいと思うけどなー。ぽかぽかあったかで、見ていて安心するって感じがするけどなぁ」
「そういう見方もあるのね……そう、同じものでも見せ方を変えればいいのよ。元手が掛からなかったら最高よね」
　アリサは生真面目な副店長らしい顔付きで言った。
「よくわかんないけど、他のとこも見てみたい！」
　メリィは青い空に向かって声を張り上げた。