異世界からの迷い人｜リアクション

異世界からの迷い人

「おー？」
　驚きの声は即座に疑問に切り替わる。メリィ・ランページは黄色い瞳で辺りを見回す。
　疎らに人が歩いていた。獣人のような耳や尻尾はなかった。
「なにー、ここ……？」
　環境の変化に困った様子で頭に手をやる。キャスケットを被っていた。全身に目をやると動き易いジャケットにショートパンツを合わせていた。
　メリィは腕を組んだ。
　――服が違うし、まわりもヘン。だって森を抜けようとして、いきなりこれだもん。
　あれかな。森で踏んだ光の玉のせいなのかな？
　取り敢えず、近くの看板に目を向けた。屯していた猫達が仲間に語り掛けるかのように、にゃあ～、とのんびりした声で鳴いた。

「ふんふん…ネコ…ジマ。だから猫がたくさんいるんだねー。ふーん……」
　目の輝きが増す。湧き上がる好奇心で笑顔となり、両手をギュッと握り締めた。
「なんか、おもしろそー！　ちょっと探検してみよーっと！」
　元気に腕を振って散策に乗り出した。

　旧市街の路地裏にアケーチ・タッマーキは立っていた。微かな笑みを口元に浮かべている。
「……また違う世界にきてしまったようですね。服装も変わっています」
　黒いスーツを着ていた。肩口から背中に手を伸ばす。
「羽根がありません。いろいろと困りましたね、ふふ…！」
　明るい方に向かって歩を進める。通りが見えてきた。急に早足となって右手の電信柱に身を隠す。
　そっと出した左目で通りを窺う。徐々に息が荒くなる。
　――日焼けした肌がいいですね。艶やかな黒髪には鼻を埋めたくなります。白髪の方の性別はわかりませんが、いいフォルムをしていますね。
　微笑みながら息遣いが激しくなる。
　そこに小さい身なりのメリィが現れた。元気な子供然とした姿で歩いている。分かれ道にくると足を止めた。爪先立ちとなって道の先に目を向ける。よく見えないのか。その場で愛らしく飛び跳ねた。
　――なんという可愛らしい姿なのでしょう。人の道を踏み外してしまいそうですよ。
　無意識に一歩を踏み出した。荒い息遣いで更に一歩、メリィに近づいた。次の一歩は横手からきた長い黒髪の女性にやんわりと阻止された。
「そこのあなた、もしかして道に迷ったの？」
　真境名アリサはメリィに声を掛けた。
「迷ったんじゃなくて探検中！」
「探検ってことは、まあ、それでもいいんだけど。あまり道に詳しくないってことだよね。私が案内してあげてもいいわよ」
「おねーちゃん、ありがと！」
　メリィは弾むような声で言った。
「案内の前に、そこのあなたは何をしているのかしら」
　アリサは凄味のある笑顔をアケーチに向けた。
「おやおや、素敵な方を目にして我を忘れてしまいました。申し訳ございません」
「あたしのことなら、悪い気はしないわ。まさかとは思うけど」
　アリサは言葉を切って、ちらりとメリィの方に目を向ける。アケーチはにこやかな顔で頷いた。
「もちろん、大好物です、ふふ…！」
「立派な変質者ね。警察に引き取って貰うわ」
　アリサは速やかにスマートフォンを手にする。不穏な空気を感じ取ったのか。アケーチは悠然と言葉を足した。
「私は怪しい者ではありません。アケー…明智と申します。ただの迷子です、ふふ…！」
「大人が迷子を名乗るのって、全然、普通じゃないからね？」
「この世界ではそうなのですか。これは失礼しました、ふふ…！」
　話を聞いていたメリィは、あー、とアケーチを指差した。
「おにーちゃんも、ほしびとなんじゃないの。光の玉を踏んで、びゅーん、ってなったんだよね、ね！」
「そのような感じの迷子です、はい。では、私は他の方々を愛でる旅に出ますね」
　アケーチは一礼して踵を返す。人々が賑わうところに、ふふ、と笑いながら歩いていった。
　アリサは軽く息を吐いた。通報の寸前で踏み止まり、スマートフォンをコートのポケットに戻した。
　改めてメリィと向き合う。
「えっと、名前を教えてくれるかな」
「あたしはメリィ。ほしびとで別の世界から来たんだよ」
「ここは不思議がいっぱいの寝子島だから、そんなこともあるのかもね。あたしはアリサ、よろしくね。どこから案内しようかしら」
　それとなくメリィに話を振った。すると腕を組み、唸り始めた。
「うーんとね、うーんと。こーんな古い感じのところかな！」
「レトロな感じがいいなら、寝子島神社がいいかもね」
「ネコ…ジンジャは…れとろ…ほー…」
「行ってみればわかるよ」
　アリサに明るく言われたメリィは、うん！　と元気な声で答えた。

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