異世界からの迷い人｜リアクション

異世界からの迷い人

　寝子島シーサイドアウトレットを背にしてミハエル・マクレインが慌てふためく。
　――俺の大剣がどこにもねえぞ。身を守る鎧もねえし、このペラペラの服はなんなんだ！
　服装はパーカーにジーンズ。年相応のスニーカーを履いていた。
「どこにもねえぞ！」
　いきなりの大声に人々が足を止める。ミハエルは顔を下げて早足で歩いた。横手の建物を威嚇するような眼で睨む。
　――あんな要塞があるのに。丸腰じゃあ、話にならねえよ。
　ミハエルは建物を強く意識しつつ、周囲にも目を向ける。人々は軽装で武装している者はいなかった。話し声は明るく、ちらほらと笑顔が見て取れる。
　――休戦中……待てよ、戦勝祝いで賑わっているのか。
　納得のいく答えに思い当って、やや表情が和らいだ。今度は深い関心を見せるかのようにゆっくりと見ていく。
　優しくて切ない音が流れてきた。自然と足が向かう。
「あれか」
　見た目は若い。青年が立った姿でギターを爪弾いている。手前にはギターケースが開いた状態で置かれていた。聴いている数人の中にミハエルも加わった。
　――コインや紙切れは金なのか？　あっちの吟遊詩人みたいなもんだな。
　青年はギターに合わせて甘い声で歌っていた。黙って聴き入る。
　演奏の最後に手が動く。それは拍手であった。
　青年は恥ずかしそうにして笑って頭を下げた。ミハエルはギターケースの中身に目を落とす。
　――俺にもなんか、渡すもんがあれば……。
　ズボンのポケットに手を突っ込む。パーカーにも当たり、皺になった紙幣を取り出した。不思議そうな目で見て、ギターケースにそっと投げ入れた。
　青年の表情が、一瞬、無表情になって慌てて紙幣を引き伸ばす。
「あ、あのぉ、いいんですか！？　これ、五千円ですけど」
「別にいいんじゃねえか？　いらねえなら返して貰うぞ」
「いや、ありがたいです。俺の曲を評価して貰って、本当に嬉しいです。でも、ちょっと額が大きいので、なんかリクエストとかあります？」
　青年は五千円札を元に戻してギターを担ぎ直す。ミハエルは渋い表情で空を見る。果てを眺めるような目で、ぽつぽつと語る。
「弱気になりそうな、そんな時……前に一歩、踏み出す……力を貰える、そんな曲なら、いいんじゃねえかな」
「それなら自作にあるので、聴いてください」
　青年はピックを手にした。荒々しく弦を掻き鳴らす。同じ調子で徐々に音に熱を込めていく。周囲の人達が足を止めた。どこからともなく手拍子が加わる。
　急速に力を蓄えた。青年の喉から迸る声が一気に空へと解き放つ。
「すげえな」
　ミハエルの呟きを呑み込んだ。圧倒する曲で応えた。集まった一人が足を踏み鳴らす。別の者は興奮した表情で飛び跳ねた。力のうねりに当てられた者達が全力で楽しんだ。
　数分の演奏が終わった。惜しみない拍手が青年を包み込む。その中にはミハエルの姿もあった。
「どう、でしたか？」
「血が沸き立ったぜ！　ありがとな！」
　同意を示す歓声が上がる。
「いいんじゃないか」
　迷彩服を着た巨漢、スパッド・エイグルは太い腕を組んで言った。人の頭越しにギターケースを見やる。
「あれはなんだ？」
「こっちの世界の金じゃねえのかな」
　人混みを抜けてきたミハエルが言った。
「あんたもか」
「俺がなんだって？」
　声を低くして問い返す。スパッドは名乗った後に口にした。
「光の玉の関係者なんだろ」
「そういう意味か。まあ、な。俺はミハエルだ。また、どっかで会うかもな」
　青年の方を一瞥してミハエルは人混みの中に紛れていった。
「……あれが金なのか」
　スパッドは呟いて迷彩服のポケットに手を入れた。