かくて世界は浮遊する｜リアクション

かくて世界は浮遊する

７.九夜山外縁部・地表面（寝子島上空８００メートル～）

　「サファリスタイルで胡散臭そうなおじさん……。あ、いたいた。おじさんが水口さん？　大丈夫ですかー？」
　ジーンズにミニリュックの軽装で水口を見上げるのは、広いおでこがチャーミングな普堂しおりである。
　しおりのリュックや携帯ストラップなどのアクセサリーには猫グッズがちらほらと見受けられる。
　「まだ、おじさんって歳じゃないんだけどなぁ……。あ、私が水口です、はい」
　情けない声を上げながらぼやくのは、木の枝に絡まった状態で動けない水口。
　「じゃ、助けるからちょっと待っててくださいね」
　しおりはそう言うと、猫のマークの入った付箋紙を自分が掴んでいた木の枝に貼り付ける。
　その後、樹木を蹴りつけて飛び上がると、水口の周辺にある木の枝を取り除きながら質問する。
　「水口さんはオカルトとか伝説とか詳しいですよね？」
　と、しおりは訊ねる。
　「そ、そりゃあ寝子島タブロイドの記者として、寝子島の奇妙な話に関しては真偽問わず網羅するつもりで取材してますから！」
　ゴシップ紙らしい発言を伴いながらも記者として誇らしく水口は答える。
　「し、真偽は問おうよ……。とりあえず、ええっとー、どじょうじゃなくて鯰の話と要石の話をして欲しいです」
　携帯で何かを操作してから、しおりはお願いをする。
　「ああ、『砂掛谷の大鯰』、『九夜山に眠る伝説の要石』だね」
　少し真面目な顔つきで水口は説明を始める。
　「様々なネタに事欠かないのは寝子島の面白いところでもあるのかもしれないけどね。それじゃ、鯰の話からしようか」

　『砂掛谷の大鯰』
　　昔、砂掛谷には悪戯好きの大鯰がいたという。砂掛谷にやってくる動物たちや島民を騙したり、悪戯をしたりなどやりたい放題をしていた。困り果てた島民は当時の神主にお願いをして大鯰を退治した、と言われている。

　『九夜山に眠る伝説の要石』
　　九夜山の何処かには注連縄を巻かれた大岩があるという。それが何を奉っているのかは資料が残されていないが、寝子タブ編集部では要石ではないか、と推測している。

　「――というお話。どうかな、今回のこの九夜山浮上の話と組み合わせればとんでもない記事ができると思わないかい！？」
　話しているうちに興奮したらしい水口がしおりに同意を求める。
　「……うん。うん。私も鯰と要石が関係してると思うんだよね。じゃ、私もそっちに戻るから。後は民谷君にでも聞いてみようかな？」
　携帯電話越しに水口の話は筒抜けだったらしく、しおりは水口にではなく携帯のにゃかいぷ越しに話をしていた。
　「よし、それじゃ要石へレッツゴーだよ♪」
　そう言うと、しおりは猫ストラップを自分の手首に巻きつける。そして念じる。
　（さっき、付箋紙を貼り付けた木の枝へ）
　彼女のろっこん『猫間飛行』が発動する。瞬時に彼女は浮遊状態など関係なく、付箋紙が貼り付けられた木の枝へと移動する。
　「え、あ……私も行きたいなー……」
　ろっこんに気づいているのかいないのか不明だが水口がしおりに提案する。
　「ごめんなさい！　今、急いでいるからまた後できっと迎えに行きます！　多分！」
　と、しおりは叫ぶ。そして『猫間飛行』を発動させては移動を繰り返し、要石があるはずの場所へと向かった。

　既に午後３時を回り、少しずつ生徒たちにも焦りが見え始めていた。夜になれば山の視界はとても狭くなり、探索どころではなくなるのである。

　それでも九夜山の浮上は止まらない。