【卒業式】春爛漫。寝子島高校の卒業風景｜リアクション

【卒業式】春爛漫。寝子島高校の卒業風景

【笑顔でさよなら、またいつか】

　桜の下には、綾辻綾花の見慣れた面々が顔を揃えています。
　早川珪。日野満。青龍寺琴理。恵御納夏朝。
　図書委員会においても多くの思い出は生まれ、綾花の胸へと刻み込まれてきました。だからこそ、ここに並んだ顔ぶれを見つめていると、たまらない気持ちになるのでしょう。
　制服を着た彼らがこんなふうに揃うのは、きっと……今日が最後。
「あの……私。先輩方に、手紙を書いたんです」
　綾花はふたつの封筒を取り出し、満と琴理へそれぞれに手渡しました。
「えっ、おれに手紙？　くれるの？　あ、ありがとう」
「あ……もしかして、私たちみんなに書いてくれたの？」
　琴理の問いに、綾花はこくりとうなずきます。
　可愛らしい猫のシールを張り付けた封筒を、綾花は先輩の数だけ用意しました。ひとりに一通ずつ、手紙をしたためました……もちろん内容は全て違います。満には満へ贈る言葉を、琴理には琴理へ贈る言葉を。深い感謝と、卒業のお祝いと、綾花が今までに読んだ本から印象深い言葉などを引用して添えました。
　卒業式が終わってから、綾花はそれらを先輩方へ、ひとりひとりに手渡して歩いていたのでした。そして満と琴理が、その最後だったのです。
「……ありがとう、綾花ちゃん。大切に読ませてもらうわ」
「はい。青龍寺先輩も、日野先輩も、また学校へ遊びに来てくれると嬉しいです。その時は、図書室にも寄ってくださいね」
「そうだね、おれもたまには先輩として、後輩たちの仕事っぷりも確認しにこないとね！」
「あら。満くんもその時は、ちゃんと先輩らしいところを見せないとね？」
　琴理が軽く図書委員長……元委員長の背中をぽんと叩くと、彼はいつものように、ひっ！　と鳴いて跳び、綾花はくすりと笑ってしまいます。
　最後は握手。ふたりの手を、綾花はきゅっと握ります。もちろん笑顔のままで。お別れが涙に濡れているのは、悲しくなってしまうので。
「ふたりとも、ご苦労さま。君たちのおかげで、僕もずいぶん助かったよ。また遊びにおいで」
　珪先生も満の手を握り、夏朝はちょっとよろけながらに琴理の手をつかんで、
「まっ、まだぎでぐだざいっ……まっでまずがらあ……！」
　涙はぼろぼろ、とめどなく流れて、すっかりくしゃくしゃです。それでも目を反らさず、きちんと見送ろうという意思が彼女にはあるようで、律儀な夏朝へ琴理はにっこり。優しくぽむっ、と頭に手を乗せました。
「……ご卒業、おめでとうございました！」
　綾花は最後まで、どうにか笑顔。声も震えず言うことができました。
　涙でしんみりも良いけれど、先輩方の門出はやっぱり、笑ってお見送りしたかったので。

「よう！　卒業おめでとう」
　あくまで何気なく、まるで同年代の友人と語るような調子で。
「……あら。ありがとう、わざわざ見送りに来てくれたのかしら」
「まあね。ほい、差し入れ」
　はにかんだ芽森菜々緒へと、御剣刀はやっぱり缶ジュースを差し出します。ニャンタアップルでした。
　今さら先輩扱いしてもな……と、刀は思います。菜々緒と、彼女を取り巻く諸々によって巻き込まれることとなった一連の事件を、今さら語るに及ばず。あれほどに深く関わったのなら、もはや対等な友人同士であろうと刀は考えたのかもしれません。
　事実、菜々緒もまたそれをとがめるようなそぶりはありません。あくまでふたりは、自然でした。
「これからは、芸術関係に進むのか？」
「ええ、木天蓼大学の芸術学部に。穏やかに絵を……描いていられたら、いいのだけど」
　彼女の表情には、少しの希望。少しの苦み。その他の複雑な感情が渦を巻いているようです。
　卒業という区切りを迎えながら、菜々緒にはきっと、割り切れず、もどかしい想いもまたあることでしょう。彼女の眉は、苦笑いとともに歪みます。
「何かあれば、連絡くれよ」
　けれど、事もなく。刀はそう言ってのけるのです。
「平穏無事な日常を送るのは、難しいかもしれないけどな……俺たちは、ここにいるさ。お前が俺のフツウから居なくなるのは、見過ごせないからな」
「……ふふ。お人好しね」
　あらゆるフツウを守ることこそ、刀の掲げる正義です。そしてその中にはもちろんのこと、目の前の白亜の少女もまた、含まれているのですから。
「ありがとう」
「おう」
　手を振り、別れました。それ以上に言葉もなく。ふたりは、笑顔で。

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