メリーさんが座敷童、なの｜リアクション

メリーさんが座敷童、なの

　風雲児轟がジャケットの裾を翻して山道を疾走する。右手の木々の合間から寝子島ロープウェーのゴンドラが見え隠れしていた。競うかのように足を速める。
　緩やかにうねる道の先に小ぢんまりとした温泉街が見えてきた。轟は速度を落として手にしたチラシに目をやった。
「もう少し先だな」
　程なく一軒の旅館に辿り着く。目に付いた幟とチラシの文句を見比べる。
　――ここだな。座敷童が出るって宣伝してる旅館は。ろっこん絡みの事件なら、油断はできねえ。
　覚悟を決めた矢先に腹が鳴る。
「まずは腹ごしらえだな」
　引き戸を開けて中に入る。忙しそうに行き交う従業員が揃って足を止めた。いらっしゃいませ、と一同は胸のすく声で出迎えた。
「あ、どうも」
　轟は軽い会釈を返す。少し戸惑うような表情で辺りに目を向けた。
　――普通の旅館だな。おかしいところはどこにもないし。
　ゆっくりと歩いた。目に留まった食事処に首を傾げながらも入っていく。
「あったよ」
　唖然とした声を出す。艶やかな小袖を着た女の子が瞬間移動を繰り返していた。
　――あれはメリー？　こんなところで何をやってるんだ？
　轟はカウンター席に着いた。目で女の子の様子を追う。涼しげな顔で客からの注文を聞いていた。
「ウエイトレスみたいなもんか」
「そうなの」
　突然の声に逆の方向に振り返る。女の子はおかっぱ頭を少し傾けて側にいた。
「久しぶりなの。ローカルヒーローの注文を聞くの」
「ちょ、声が大きいって」
　轟は周囲を気にした様子で慌てた。女の子は自分の唇の前に人差し指を立てる。
「ヒーロは名乗らないの。秘密なの」
「わかってるじゃないか。それよりもどこに座敷童がいるんだ？」
「メリーさんが期間限定の座敷童なの」
　誇らしげに胸を張る。
「なんでメリーが座敷童で、旅館にいて働いてるんだ？」
「メリーさんのナイスバディに惚れ込んだ女将がスカウトしたの」
　轟は女の子のなだらかな胸を見て、一度、自身の目頭を揉んだ。
「まあ、込み入った事情があるんだろ」
　軽く流して轟はメニューを受け取った。かなりの品数に目が迷う。
「メリーのオススメがあれば、それを頼む」
「わかったの。体力の消費が激しいローカルヒーローに見合った一品にするの」
「それ、ダメ！　言っちゃ、ダメだから！」
　激しい身振りの訴えを無視するかのように女の子は消えた。
　少しの時を経て轟の目の前に一品が置かれた。
「こ、これはすごいボリュームだな」
「メリーさんスペシャル『お刺身の全種類のせ』なの」
　大皿に切り身が犇めいていた。轟は挑戦者の顔付きとなる。
「ごはんとか、味噌汁もあるのかな」
「あるの。普通サイズとメリーさんスペシャ」
「普通サイズで！」
　声を遮って頼んだ。
　静かなる死闘は始まった。黙々と刺身を口に運ぶ。鮮度の良さに表情が緩む。終盤は厳しい表情でベルトを緩めた。背を反らした姿で汗を掻き、最後の切り身を口の中に押し込んだ。
　轟は軽く拳を握って、よし、と気合を入れた。
「メリー、良い味だったぜ！」
「ありがとなの」
　ぺこりと頭を下げる。轟は気分よく席を立った。会計では提示された金額に少し眩暈を覚えた。
「そうだ、頑張ってるメリーにプレゼントだ」
　ジャケットのポケットから一本の缶ジュースを取り出した。女の子は微かな笑みで受け取った。
　爽やかな笑みで轟は旅館を出た。軽いジョギング状態で山道を下った。その途上で僅かに表情が曇る。
　――メリーは期間限定って言ってたけど、座敷童がいなくなったら旅館が衰退するんじゃないのか？　まあ、正式な座敷童じゃないからノーカンだよな、たぶん。
「今日も島は平和で何よりだ！」
　強引に話を纏めた轟は一陣の風となった。