【星幽塔】第三階層　竜の肚には土の都｜リアクション

【星幽塔】第三階層　竜の肚には土の都

　剛の合図に黒銀竜が応じ、顎を開く。翼を開く。飛翔するその身さえ僅かに跳ね上げ、轟音にも似た衝撃波がアルスの顎から放たれた。
　尖兵たちの上空、鋭く立ち上がる竜の牙にぶち当たり、竜の衝撃波は轟音たてて爆ぜる。一度に終わらず、二度三度と衝撃波は放たれる。砂漠に連なる轟音を響かせ、尖兵たちを猛り狂わせる。あるいは惑わせる。
　砂漠にあらぬ音に惹きつけられる尖兵たち目がけ、戦う力持つ冒険者たちが殺到して行く。
「……っ、……」
　戦いに身を投じる仲間たちの背を見守りながら、まほろは黒い睫毛に縁どられた黒い瞳を心配げに瞬かせた。まほろと手を繋ぐことでまほろを宙に浮かせていた、掌サイズのぬいぐるみの熊のような姿した妖精が、どこに向かえばいいかと聞きたげに振り返る。
「こっちだ」
　呼ばれて視線を向ければ、全身に纏った虹色の『妖精の粉』をふわりと揺らし、彰尋が尖兵の群れから外れた砂地に降りていく。白い老天馬に跨ったリアと同乗の天吏がそれに続いた。
　ふたりの後に続き、砂の上に立った途端、遥かな頭上で轟音が響いた。仲間のひとりが操る黒銀竜が放った音であると理解していながら、まほろはぎゅっと肩をすくめる。肩に落としていた猫耳つきのフードを頭に被り、息を詰める。
「リアさんたちはここに」
　リアに言い残し、戦場に向かおうとする彰尋の背に、まほろは続く。
「遠野さん」
　気遣わし気な瞳を向けられ、まほろは気丈に微笑んだ。
　戦闘となれば、まるで役に立たぬ自覚はある。後ろに下がっていれば、安全には違いない。
(でも)
　誰かが怪我をした時には、――怪我をしないに越したことはないけれど、もしものときは、この身に宿った癒しの光が使える。
(絶対、退かない……)
　いざとなれば杖で殴ろうと決めて、まほろは踏み出す。
　教室に居る時は大抵大人し気な同級生の少女の、普段とは少し違って見える凛とした横顔をちらりと見、彰尋は僅かに笑んだ。
　寝子島ではもしかしたら知る由もなかった同級生の横顔を、ここで見ることができた。
(それにしても)
　彰尋は目前に巨木の如くそびえる竜の牙の一本や、何十階建てのビルの高さに広がる竜の上顎や、そこから垂れ下がる何百本もの牙を仰ぐ。トト家の庭で考えていたときより、それよりもまだ遥かに規模が大きい。
　足元を砂に取られながら、視線を伸ばす。竜の顎にたむろする竜の先兵たちよりも更に奥、陽も差し込まず黒々とした闇の占める竜の肚の内は一体どれほどの広さなのだろう。
　まほろと彰尋の背を見つめたまま、その先で繰り広げられる竜の先兵たちとの戦闘の行方を見つめたまま、天吏は灰の瞳を寡黙に瞬かせた。
　攻撃手段を持たぬ己は、せめても邪魔にならぬ此処に身を潜めるのが最良の手段であるのだろう。
「……大丈夫ですか？」
　リアに問うて静かに指摘するのは、その姿かたちの若さ。若者の方が動きやすいとは言え、おそらくは彼もまた、戦う手段を持ち得てはいまい。
「足手まといにならないよう、がんばるよ」
　そう言って気弱に笑う、ともかくも依頼主でもあるリアの安全を確保しようと決め、天吏は見た目はのんびりと天馬と並び立つ彼の前に歩を進めた。近づく脅威がないか、周囲を見回す。
(この竜、何年位前から居たのかしら)
　トト家や天馬がこの階層に存在するよりも遥かに前らしいことは確かだった。
(数百年、……数千年？)
　靴先に砂を軽く蹴る。広がる砂漠と同じに見える砂に混ざって、竜の牙が砕けて落ちたらしい小石ほどの塊を見つけた。後で調べてみよう。