ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆11:02　虚空に舞う

　――大空を舞う、一匹のカラス。
　それを追う、一匹のカナリア。
　「ピイ！　ピィイ！！（目的はなんだ？　らっかみ同士で争いか？　それとも実験台にでもしてんのかよ！）」
　叫ぶように囀る鳴き声は、しかしカラスには届かない。
　否――届いていて、あえて無視をしているのか。
　そう思った瞬間、カラスが首を曲げてカナリア――桜井を見た。
「な～んなのよ、さっきからウルサイわねぇ～」
　カラス――クローネが、心底面倒くさそうな声を上げ、翼を翻す。
　速度を上げるクローネを、桜井が嘴を鳴らしながら、縋るように追い続ける。
（逃がさない……御剣、草薙、皆も……言いてーこと知りたいことあったんだろ……だから！）
　翼に力を込め、舞い上がる。より高く、より速く――クローネを、追い詰める為に。
「……ビミョ～にデジャヴ？　どっかで会ったことあるかしらぁ～？」
　挑発なのか、素で忘れているのか――判断に迷う言葉を発しながら、クローネが飛ぶ。
　桜井の必死の追跡で、徐々に高度を下げるクローネの向こう側――地上で、御剣がこちらを見上げているのを、桜井は見た。
「ピィッ！」
　滑空――と呼ぶよりも、『落下』と呼ぶに相応しい捨て見の速度で、桜井はクローネに体当たりを仕掛けた。
「いやん、怖～い。もう～なんなのよホントにぃ～」
　余裕な口調で翼の向きを変えて、体当たりを躱すクローネが、眼下の桜井を見る。視界の端に映ったのは――。
「あら～ん……？　ちょっとぉ、ハクア。なぁに遊んでるのかしらぁ～？」
「……クロー、ネ……様」
　倒れながら、空を見上げてクローネの名前を呼ぶ影人間――ハクアを取り囲んでいた一同が、一斉にクローネを視界に捉える。
「気が向いたから様子を見に来たら……もうイヤねぇ～。自信有り気に語っちゃってたクセにぃ～。なぁ～にボッコボコにされてるのかしらん～……？」
　電線に止まり、まるで笑うように嘴を鳴らすクローネを見て真っ先に行動に出たのは、草薙だった。
　壁を蹴り、跳躍。破空法を地面に向けて放ち、更に飛翔。
　勢いを利用して建物の壁面に着地し、直線距離を詰めて射線を通すと、流れるようにポケットからタイヤ片を取り出し空中へ投げ、掌を空へ向けた。
「穿て」
　一切の迷いなく、クローネに向けて弾丸と化したタイヤ片が襲いかかる。
　しかし、まるでそれがわかっていたかのような動作でクローネが飛び、それを避けた。再び優雅に電線へ止まる。
「挨拶も無しとは、なかなか情熱的ね～ん……嫌いじゃないわよ、そういうコ。せっかくだから」クローネが、大きく広げた翼を翻し、目を細め――見開く。「……少し、遊んであげようかしら～ん？」

　――張り詰めた空気の中、クローネの身体が空を覆ったような感覚に襲われる。
　巨大化したわけでもなく、ろっこんを使ったわけでもなく、それは極々単純な――プレッシャー。

　着地後、二の矢を継ごうとしていた草薙が無意識に跳躍し、下がった。
　雨に濡れたような勢いで、汗が流れる。吸い込んだ息を吐くことを、身体が拒絶する。
　時が止まったのかと錯覚するほどに――あらゆる身体の動作を脳が拒んだ。
　それはまるで、突然現れた猛獣を前にした、兎。
　仰ぎ見ていた一同も、それぞれ挙動は違ったが、最終的な反応は同じだった。

『――桁が、違う』

　気迫を押し切って、硬直した身体を動かそうと止まっていた呼吸を誰ともなく再開した――直後。
「どうしたのかしらぁ～？　あ……レディファースト、ってやつねぇ～」
　止まっていた電線から滑り落ちるように、クローネが草薙を目掛けて滑空した。

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